2023-09-22

全ての工程を自分の手で。臼杵春芳さんの手刳り椀

昨年5月に香川県の丸亀市にあるご自宅兼工房を訪ね、7月に初めてろばの家で臼杵さんのお椀をご紹介させていただきました。普通は掻き終わった後には廃材とされてしまう漆の木を、最後まで使い切ってあげたいと椀に仕立て、自身で山をめぐって搔き集めた貴重な漆を使って塗り上げたお椀は素朴ながら力強い佇まいで、多くの反響をいただきました。

実は工房にうかがった時、作業場の一角に雑多に置いてあった臼杵さんのお椀の中でひときわ目を引いていたのがこの手刳り椀でした。手刳りならではの厚みのある作りもコロンとした形も古い民芸品のようで温かみがあり、使い込まれていっそう味わいを増していました。輪花に削られた見込みがなんとも愛らしく、パパろばは一発で惚れ込んでしまったのです。

「臼杵さん、これはオーダーすることできないのですか?」
「できないことないけど時間がかかるよ。これは全部手作業だから」と言われていたところを
「どんなに時間がかかっても結構です」と無理にお願いしていたのが、今回やっと届いたのです。

実にオーダーから1年半近くかかって仕上がってきたわけですが、臼杵さんが漆掻きの現状をもっと世の中の人に知ってほしい、と2017年から続けているブログを読むと深く納得してしまいます。春、漆の花が咲き始めてから秋になって葉が散り始めるまでの間、臼杵さんは漆を掻くために数日おきに山をめぐり、早朝から夕方まで少しずつ、本当に少しずつ漆の木から出た液を集めて歩くのです。

今回に採れたウルシです。16本の漆の木を掻いて、たった20グラムしかありません。これからウルシ搔きをしてこの1貫目の樽を満杯にしたいです。(臼杵さんのブログより)

臼杵さんのブログを読んでいて、上の画像とその説明に愕然としました。大変だ大変だとは聞いていても、ここまで少しずつしか集められない時もあるとは…。想像を絶する地道な作業の積み重ねの上に、今こうして手に取っているお椀が出来上がっているのだと思うと、漆の木で軽いはずのお椀の重みが増したように感じました。

今年はカメラマンの方がドローンを駆使して撮影してくださったようで、臼杵さんが漆の木に傷をつけて漆を集めている様子をYoutubeでご覧いただくことができます。カキタルと呼ばれる木製の容器に漆の樹につけた傷から掻きだすように集めている液体の、いかに少ないことか…。以前ご紹介した時にもお話ししましたが、臼杵さんは漆液を濾さずに塗りに使用するため表面にポツポツと木くずなどの不純物が混じって粗めの仕上がりになることもあります。けれども、こうして集めた貴重な漆を濾してさらに目減りさせてしまうことなどできない、その切実な思いがこの動画を観ると一発で理解できます。

国産の漆で作品をつくる作家さん自体が稀有な存在である今、自身で掻き集めた漆を塗りに使うひとなど皆無といってよいのではないでしょうか。それが日本の漆の現状です。

この手刳り椀は、30年以上前にまだ臼杵さんが轆轤を持っていなかった頃、余った木の塊で作ってみたのがはじまりだと言います。そして、それをお店で初めて買ってくれたのが土井善晴さんだったのだそうです。

ママろばも大ファンの土井先生、ちょうど昨日聴いていたラジオでゲスト出演していて、料理することについてお話されていました*。詳しいセリフは覚えていませんが、ただ腹を満たすために食事をするなら餌だけれども、頭を使って調理を工夫したりうつわをしつらえたりするのが料理だ、と。そしてそれは人間にしか見られない行為でもある。お料理というのは誰にでも関わりのあることで、その料理に心をくだくというのはすなわち、日常の暮らしを磨くということなのだ、と。だいぶんはしょってしまっているかもしれませんが、その「日常の暮らしを磨く」という表現が深く心に残りました。

臼杵さんはご自身の漆を、ハレの日のうつわではなくて日常のうつわだと話していました。毎日気兼ねなく使ってもらうためにある雑器でありたい、と。

小ぶりなので汁椀としてだけでなくむしろご飯やお惣菜を盛るのにも使って欲しい。塗りムラさえも景色になります。
毎日のなんでもないおかずが似合います。ツルムラサキのお浸しをざっくり盛りつけただけ。

この先どんどん、こんな風にすべての工程を一人の人が手掛けた漆のうつわ、という存在自体がなくなってしまうでしょう。わたしたちも、今この手刳り椀を使わなければ一生かなわないかもしれないと、思い切ってひと組自分たち用に求めました。時代の証人になったような責任感も感じてしまいます。大切に、大切に使って子供たちに譲り渡したいなと思っています。

臼杵さんはご自身のブログでこの手刳り椀の制作過程を載せていまして、夏の漆掻き作業の合間をぬって進めてくださっている様子がわかります。ご興味のある方はぜひ臼杵さんのブログをご覧になってみてください。

臼杵さんに許可をいただいて手刳り椀の制作過程をご紹介します。

このウルシ木は東北のウルシ木です。年輪が細かくてこれで50年以上あります。木も柔らくて刳りやすそうです。(臼杵さんのブログより)
手刳り椀に使う、ウルシの木を木取りしました。かなり黄色い木です。(臼杵さんのブログより)
ウルシの手繰り椀の外側を木工轆轤で挽いています。
ウルシの木なのでかなり黄色い木くずが飛び散ります。何故か鼻水が止まりません。この木くずはみどりの学校の染色教室に使います。(臼杵さんのブログより)
手繰り椀にウルシを塗っています。このウルシは1昨年の徳島の大木から採れたものです。仕上げが半艶でいい感じです。(臼杵さんのブログより)
赤い方はベンガラと浄法寺の古いウルシです。いつもより明るく発色しています。(臼杵さんのブログより)

見れば見るほど、愛おしくなってくる臼杵さんの手刳り椀。特に豪華な食材でなくとも、旬のお野菜を使って丁寧に作ったお惣菜、ちゃんとお出汁をとってつくるお味噌汁。控え目な量のごはん。まさに「日常の暮らしを磨く」という言葉がしっくりくる、そんな食卓で毎日使って欲しいうつわです。

◇臼杵春芳さんの作品はコチラです。

↓昨年7月の訪問記も合わせてご覧ください。
芯の強さがにじみ出る、飾らない漆。臼杵春芳さんの漆材のお椀。
(今回この記事中のお椀の入荷はありません)



*文中脚注:J-waveクリス智子さんのGOOD NEIGHBORSに9月21日ゲスト出演した土井善晴さんの番組のこと。お二人のPodcast
『土井善晴とクリス智子が料理を哲学するポッドキャスト』
(毎月、第2、第4木曜日の午後4時に配信)もおすすめです。

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