美しい姿の山桜のおしゃもじ。より使いやすく、常に進化し続けるスタイルが定番。


『定番』とはいってもこのおしゃもじ、実は従来のモデルとほんの少しデザインが変わっているのです。…どこが変わったかわかります?柄の付け根の部分にあったわずかな段差がなくなり、おしゃもじの掬う面から柄に続くラインが平らに、フラットになったのです。たったそれだけの違いで、こんなにも洗練された印象に代わるものなのかとびっくりしました。もちろん、そこを変えたからには全体のシルエットもバランスを取るために少しラインが変わっています。ミリ単位で改良を繰返し、より美しく、より手になじむように、と毎回届くたびに少しずつカーブが変わっていることが、よおおおおく見るとわかるのです。それは本当にわずかな、言われなければ気が付かない違いかもしれません。でも宮下さんは一度気になりだすと徹底的に調整せずにはすまなくなってしまうのだそう。ずうっと削り続けて迷宮入りしてしまう日もあるとか(笑)。「これが定番と決めてしまわず改良を繰り返すのが僕の定番です」と宮下さん。届くたびに新しいモデルも欲しくなってしまって大変、という困った面もあるんですけどね…。

見た目も美しいこのおしゃもじ。なんといっても使いやすい。鍋肌にフィットしてお米粒を残さない絶妙なカーブと、手に吸い付いてくる持ち易い柄。薄くてご飯の返しが楽で、手彫りの跡が米粒もつきにくく作用し…と、良いところを並べたらきりがないくらい。特に炊き立てのご飯に十字に切り目を入れ、1/4ずつひっくり返す際にそのエッジの薄さがいかに重要かということに気が付きます。分厚いものでそれをやろうとすると、せっかくツヤツヤに炊き上がったお米の粒をつぶしてしまうのです。だから、おしもじというのは平らにできているんですね。

左利きでも使えるバターナイフも秀逸です。これも常に少しずつ柄の部分の先などが変わっているような…。上下どちらの面からも削りが入っているため、右手で使っても左手で使っても上手に塗れす、つまり動作の行きと返りの往復両面でなめらかに塗ることができるバターナイフ。これが使ってみるとすこぶる塗り易く、固体離れも良い。塗ったあとにナイフを離そうとしてもまだナイフにバターやパテが残っているのって、かなり気持ち悪いですよね。なめらかに塗れてこそのバターナイフで、そうでないなら普通のナイフやスプーンで代用すればよいのです。これもまた両面の削りとエッジの薄さが決め手なのだと深く納得です。使いやすい、そう思うのには必ず理由があるんだなあと後になって、よくよく観察してみると気が付かされます。そのために、ミリ単位で削っては眺め、使ってみてはまた削り、を繰り返してくれているのだと思うと、毎回少しずつデザインが変わっていても文句を言えません。毎回写真を撮るのが大変なのはパパろばですから、ワタシは心置きなく宮下さんの努力を讃えられるのです(笑)。

そして宮下さんの木のカトラリーやうつわの最大の特徴は、やすりをかけずに細部までナイフで仕上げているところ。やすりをかけてなめらかにすれば一見すべすべに思えますが、表面積を増やすことになり水が浸みやすくなってしまうのです。それが劣化を早める。よおくエッジを見ると、曲線ではなく無数の直線によってラインを形づくっているのがわかります。その手数の多さに気が遠くなってしまいそうです。「手はかかるけど、絶対こっちの方が長持ちするから」。宮下さんのナイフの一投一投に、その思いが込められているのだなあと思うと、愛用のスプーンやナイフのエッジを眺め得られるたとえようのない温かさ、安心感に納得がゆくのです。木のカトラリーの温かさは、単純に金属と比べたときの温度感ではないのかもしれません。

宮下敬史さんのページはコチラです。

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