生まれ故郷の海を、森で育てたい。TAIRYO HUGプロジェクト。

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久しぶりにやってきた前田育子さんのうつわと一緒に、とても印象的なガマ口が届きました。ひとつとして同じデザインはありません。みな現役を退いた大漁旗のリサイクル布でつくられているのです。明るくてド派手な模様なのに色褪せた雰囲気が妙に懐かしい…この“大漁がま口 豆財布”は、前田さんが立ち上げたTAIRYO HUGというプロジェクトによって生まれました。北海道白老町は前田さんが生まれ、育ち、今も工房を構える町であると同時にママろばが生まれ育った町でもあるのです。苫小牧市と登別市に挟まれた太平洋側の人口2万人にも満たない小さな町です。関東では、雨量の多さかアイヌ部落による観光とで名前聞いたことがあるな~というくらいの人にたまに会うといった感じでしょうか。ママろばは18歳までその町で暮らしていました。子供の頃は、お父さんが漁師だという友達が周りにいても、白老の主要産業でもある漁業について考えを巡らせてみることなどありませんでした。でもきっと漁師さんたちは、わたしの家のように公務員だったり、会社勤めをしている人たちよりもきっと、もっとずっとリアルに自然の偉大さ、怖さを知り、人間という存在も自然の大きなサイクルのなかの一部であることを意識して暮らしていたのではないかと、今なら少し想像できます。土をこねて思うカタチを作り、火の力を借りてうつわをつくるやきものの仕事というのも、ある程度までいったら後は自然にゆだねるしかないという点では近い側面があるのかもしれません。前田さんが漁師さんが処分に困っている大漁旗を使ってなにかできないかと相談されたとき“自然に還す”ということに思いを巡らせたのには、そんな土と向き合った暮らしというものにも一因があったのでは、と思ってしまいました。微力ながらわたしたちも白老の海のために何かできればと思いました。あの、グレーでうすぐらい曇りがちな海。一度も足を入れたことなどなかった、子供の頃にはあまり好きになれなかった、白老の海です。もう何年もあの海を、車窓からですら眺めていません。なんだか急に、白老の海を見てみたくなりました。

以下は、ガマ口に添えられた文章です。

TAIRYO HUG~大漁 育~
「盛で海を育てる・大漁旗が木に変わる」
一見、森で海?と思われるかもしれませんが、簡単に説明すると、畑の肥料には腐葉土や動物の排泄物を使用したりします。海中の海藻・海草やプランクトンも同じだという事です。肥料を求めているのです。魚たちは栄養豊富な海藻・海草やプランクトンを食べるとより元気に繁殖を続ける事ができます。その栄養素はどこから来るのだろう?
水が海から蒸発し、雲や雨になり降り注ぎ、森へ降った雨は浄化され、森林の営みから染み出る養分と一緒に川となり海へ帰ります。同時に木々も育みます。また鮭は産卵のため川を遡上し障害を閉じます。体の中に貯えられた栄養が山、川、動物に還元されます。(参考資料:電機ジャーナルNo.208)

森に木を植えて海を豊かにしよう!と漁業関係者の方は活動をしています。売り上げの一部は漁業組合などへ寄付させて頂いています。他に海難遺児基金、海岸整備などへも力を入れていますので、微力ですがご協力出来たらと思っています。眠っている大漁旗はつまり資源だと考えています。船の老朽化の為にお勤めが終わった旗を再利用し、その売り上げで木を植え海を育てる事が出来る、ここまでたどり着いて初めてリサイクルが完成すると私は考えています。

<大漁旗の由来>
大漁の際雇い主が、乗り手達に褒美として贈った晴れ着の、萬祝着(まいわいぎ)が元になっているそうです。旗は豊漁祈願、海上安全の守り神の意味があります。漁船の帰港、大漁であったことを知らせるために揚げるので、沖合からでも目立つように派手な色づかい、模様は大漁の意味を込めて、鶴や亀、鯛などめでたいものがモチーフとされる事が多い様です。そして旗は航海の安全と大漁を願って寄贈されるものです。
今日では新造船の進水式や、船魂さん(船正月)の時に揚げるぐらいのようです。他では、祭、結婚、出産などのお祝いに利用されるようです。

TAIRYO HUGのページはコチラです。

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