Keicondoさんがろばの家に初登場です。

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『Exotic Japanエキゾチック・ジャパン!?』

ついにろばの家にお招きしてしまいました。そりゃもう、億千万!億千万!というコールまで飛び交っちゃいそうなくらいのテンションで、ノリノリでご紹介しちゃいますよ~GO! GO!(なんのこっちゃ…すいません。ほんっと古くて)。

Keicondoさんです。笠間の。ご縁をいただいてから2年越し、満を持しての登場です。

でも、見てください。このパッキリ際立った個性。こんなにもはっきりと、目を閉じたあとでさえその残像を手でなぞることができる、そんな鮮やかな印象を与える作家さんは、もしかするとろばの家では初めてかもしれません。わたしは彼に「サンタフェっていうか、サバンナっていうか、もうとにかくまぶしい太陽の光と砂のザラザラ乾いた感じ…」と説明しました。サンタフェなんていう言葉、多分宮沢りえさんの写真集で話題になった時初めて耳にして以来全く更新されていないのではというほどご無沙汰なのですが、今の私にはKeicondoイエローを表現するのにふさわしい言葉が他に思いつかなかったのです。

でも、そこまで印象的な彼のイエロー…独立して以来ずっと作り続けているというそのイエローは、2年前から私たちを捕えてくれたわけではありませんでした。わたしたちにも時間が必要だったし、おそらくは、彼にも時間が必要だったのです。とてもえらそうな言い方に聞こえてしまいそうで心配なのですが、あの頃彼の作品には感じられることのできなかったエネルギーのようなものが、わたくしママろばを、そしてパパろばを今度は確かに、キャッチしていました。キャッチされてしまったのです。

“腑に落ちる”という表現があります。頭の上っ面だけで理解するのではなく、何かのきっかけで深く、心底から納得することができた状態を指すのだと思いますが、今では逆に腑に落ちないという否定の意味で多く使われているのかもしれませんね。でもこの、腑に落ちるという感覚をものすごくリアルに実感したのが昨年の11月に大阪で行われた『灯しびとの集い』というクラフトフェアでした。Keicondoさんも参加していたのですがその少し前、プライヴェートな席で彼とご一緒する機会があって、その時何気なく交わした会話の中にも、すでにヒントが散りばめられていたのを、わたしもパパろばも気が付かずにいたのでした。ただどちらからともなく『灯しびと』に行ったら絶対にkeicondoさんのところも行こうね、と決めていました。お目当ての作家さんのブースをあちこち回って「あ、keiさんいた!」とパパろばが見つけて作品を見せていただき、沢山のお客さんに囲まれて忙しそうなKeiさんがひと段落したのを見計らい、パパろばが大きな鉢を手に取って「コレ、むちゃくちゃ安くないですか?」と聞いていたのを覚えています。「う~ん、そうかなあ。でも、使ってもらわないと意味ないから。手に取りやすい値段っていうのは大事だと思うんだよね」とかなんとかKeiさんは答えていたと思います。すごく背伸びをして買っても、結局もったいなくてあまり使わなかったりした経験が自分でもあって、それじゃ意味がないな、と。
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多分そのひと事で、わたしもパパろばも、すでにやられちゃってたんですね~。これまで二人の中で改めて話したことはなかったのですが、Keiさんの作品は個性がはっきりしていて素敵だねとお互い思っていたはずなのに、どうしてか自分達との接点が見いだせていなかったのだと思います。そう、接点がなかった。世の中には素敵な作品を世に送り出す作家さんは沢山いて、好きだなあと思う作風の方はいくらでもいるのですが「この人こそろばの家に来てほしい!」と思うのには、物質的な美しさだけでは不十分なのだと、わたしもパパろばもはっきり意識出来てきた頃でもありました。もうそのあたりから、がぜん興味がわいちゃってるわけです。Keiさんという人間に。パパろばが作品を手に取る、そのときの眼でもうわかっちゃうんですよね、ママろば。ははは。というわたしもすっかり頭の中は「Keiさん、いいじゃ~~~ん。どうして今までもっと気をつけて見てこなかったんだろう?(←超エラそう!ごめんなさいkeiさん!)」などと真剣にひとつひとつ値段をチェックしはじめてたんですけどね。確かに、彼が言うようにお手頃な価格だあ!特に大きいものになればなるほど、え?こんなんでいいの?とびっくりしてしまいます。それって、逆のパターンを考えてみればすぐわかることですが、ものすごい威力がある印象なんです。もちろん、安い、高いは人によって価値観が様々ですが、少なくともわたしもパパろばも彼の言う「手に取りやすい価格」という言葉にはとても納得感がありました。

Keiさんのブースを出てすぐにパパろばと話したことと言えば「今さらお願いして取り扱わせてもらえるのかなあ」という姑息な心配でした。実は彼、同じく笠間で作陶する船串篤司さんの大親友。ろばの家ではほぼオープン時からお取引のある作家さんで、はじめてKeiさんを紹介してくれたのも船串さんでした。工房は目と鼻の先。「ちょっとkeiくんの工房も見てみます?」と田んぼのあぜ道のような細い土手を先に歩いて連れて行ってくれたのでした。「スープの冷めない距離ですね」とわたしが笑うと「コーヒーの冷めない距離と言ってください。」とKeiさんに訂正されました。本当にしょっちゅう二人でお茶してそう…。独立したのも同じ年で、よくお昼ご飯を食べに一緒に抜けたり、本当に仲が良いのです。最近船串さんは実家のある水戸市内で制作することも多く工房を空けている日も多いのですが「Keiさん、船串さんが工房にいるかいないか気配だけで言い当てるんですよ。まだ窯の煙が出てるかどうかも見てないうちから。」と助手の女性が「ちょっとコワイですよね」とこっそり教えてくれました。船串さんのことを「あっちゃん」と呼び、展示会も二人で3度程一緒にやってきたし、昨年12月に結婚したkeiさんが「奥さんより自分のことわかってる」と言ってのけるほど。初めてkeiさんの工房にお邪魔した時には作品もとても少なかったのと、あまり鉢のように日常使ううつわがなかったのもあって、すぐに扱いたい!とはならなかったのでした。それでもいくつか気になる作品があり「オーダーさせていただくことはできるんですか?」と話していたのにその後それっきりになっていたりして、ちょっと、申し訳ないというか、バツが悪いような気もしていたのでした。それを2年以上経った今、のこのこお願いしてもよいものか、と。でもKeiさんはそんなの全く関係ないというか、お邪魔したことさえ覚えてなかっただけなのかもしれませんが「もちろん置いていただけるのでしたら喜んで!」と快く引き受けてくださいました。ああ、ホッとしたあ~。

そしてさらに彼に興味が出てしまった瞬間が。それは、業界ではちょっと話題になった、昨年12月に黒磯のSHOZO CAFEで行われた船串篤司さんとの二人展。タキシード姿(右がKeiさんです)でビシッと決めた二人の姿はFBなどでコメントが炸裂していました。ろばの家でもこのDMを置かせていただきましたが、持って帰る人が多くてすぐになくなってしまったほどです。

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「あれ、すごいですよね~。ファンの子が沢山来ちゃうんじゃないですか?」なんてふざけて話を振ったらKeiさん、ああ、あれねと苦笑して「でも、きっかけは何だっていいんです。興味さえ持ってもらえれば。」と真面目に答えたのです。ヤキモノ業界は今本当に難しくて、どんどん若い人が陶器を買わなくなってきている。「こんなふざけたDMでも、それがきっかけで作家に興味を持ってくれて、実際に何でもいいからうつわを手に取ってみようというひとが一人でも増えてくれるなら、僕はなんだってやりますよ。」そう言い放った彼の、なんとカッコよかったこと。わたしもパパろばも、もうその時点ですっかりkeiさんファンになっていました。たぶんわたしもパパろばも、この瞬間に「やらせてもらえるのかな」から「なんとしてもやらせて欲しい」に変わっていたのだと思います。

前から「ちょっと大人っぽい、落ち着いた話し方をする人だな」と思っていたのですが、そしてそれが初めて会った時には「若いのにずいぶん達観したようなことを言うなあ」と若干懐疑的な印象まで持ってしまったのですが、彼のちょっと引いたモノの見方、自分の活動のことだけを考えるのではなく常に世の中全体、社会の中のどこに自分が位置していてそこで何をできるのか、について考え続けているような…そんな印象は、決してわたしの勝手な思い込みではありませんでした。独立前、世界観が変わるような経験をしていたようなのです。2年間青年海外協力隊に所属してボリビアに暮らしていたのだと、先日工房にお邪魔して取材させて頂いたときに話してくれました。これまで少しずつ、時間差で咀嚼してきたものが、いっぺんに、全てが腑に落ちたというような瞬間でした。ここ最近のママろばのテーマである「インタビュー動画」にも残っていて、皆さんにもお伝えしたいのですが、どうもわたしの持っている動画編集ソフトが撮ってきた録画形式をサポートしていないようで、いまとても苦戦しております(汗)。船串さんにもインタビューさせていただき、お二人ともゾクっとするような素敵な発言をしていたのに…。ああ、慣れないビデオを使ったもんだから。。。なんとか変換ソフトを探している最中ですので、もし成功した暁には皆さんにも観ていただきたいです。彼らが、日々何を思って土をこね、ろくろを挽き、窯の扉を開いているのか。そんな、普段は見られないような彼らのリアルな表情。エチオピアに生まれた、同じく陶芸家である父と日本人の母のもとに生まれ笠間で育ったkeicondoという人間が、これまでの人生で感じ、積み重ねてきたことが、どのようにあの温かなイエローに映しこまれ、進化してきたのかということを。

…なあんて書くととってもカッコ良いインタビューをしてきたみたいですが、実際には大爆笑の連続。後ろで船串さんが初めから終わりまでニヤニヤしながら見ているので、ママろばも汗をかきかき、話も寄り道ばっかで、かなり編集が大変そう(汗)。話の途中で船串さんとパパろばの笑い声が入るので「お茶の間バラエティー番組の効果音みたいだ」とkeiさんに突っこまれた、30分余りの楽しい会話。わたしが長々と喋りまくるより、Keiさんのあの落ち着いた静かな口調で「これはスプーンのあたりをよくするのにザラザラすぎる風合いを少し滑らかにして…」と使い勝手も追及してきた過程などを説明してもらった方が、100万倍説得力があるとわかっているのですが。それでも、わたしやパパろばが彼にすっかり惚れ込んでしまったその理由が、わずかでも、うつわという物質からも感じられるのではないか、そう感じてもらえるような写真が撮れたら…と気合を入れて撮影いたしました(このHPの写真4枚だけは珍しくママろばも頑張りました)。もちろん、実物を手に取っていただきたい、ご本人に会って感じて欲しい、のは山々なのですが…。

さあさあ、どこまで再現できたでしょうか。2億4千万の瞳?にお見せしちゃいますよ~。エキゾッチック・ジャペーン!
Keicondoさんのページはコチラです。

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