『momento poetico モメント ポエティコ』~うつわ、かもしれない~


6月1日からはじまる企画展のお知らせです。


『momento poetico モメント ポエティコ』
~うつわかもしれない~
Sat. 1 june – Sun. 16 june 12:00~18:00

参加作家(敬称略):
keicondo   白石陽一 境知子 境道一 野口悦士 羽生直記 前田育子 松本かおる 渡辺隆之
書籍協力:PEOPLE BOOKSTORE

すべすべのペーパーウェイトやキャンドルスタンド、野草を挿しても、オブジェとして飾ってもよい花器、錆びた釘のようなナイフレスト、月や太陽の軌道を思わせる鉄と真鍮のモビール、宝物を入れておきたい蓋もの、砂浜に落ちている石のような陶器。土瓶やピッチャーなども、時には花を活けて…。

使い途は人それぞれ。書籍も並びます。詩集のように、自由な気持ちで楽しんでいただけたら嬉しいです。

 

*会期中も月・火曜日はお休みします。通常と営業時間が変わりますのでご注意ください。
詳細や最新情報は、FacebookかInstagram、またはHPで随時ご確認ください。


* * *

日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ1枚のガラス板で仕切られている。

このガラスは、初めから曇っていることもある。

生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。

二つの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴が一つ明いているいるだけである。

しかし、始終ふたつの世界に出入していると、この穴はだんだん大きくなる。

しかしまた、この穴は、しばらく出入しないでいると、自然にだんだん狭くなって来る。

ある人は、初めからこの穴の存在を知らないか、また知っていても別にそれを捜そうともしない。

それは、ガラスが曇っていて、反対の側が見えないためか、あるいは……あまりに忙しいために。

穴を見つけても通れない人もある。

それは、あまりにからだが肥り過ぎているために……。

しかし、そんな人でも、病気をしたり、貧乏してやせたために、通り抜けられるようなることはある。

まれに、きわめてまれに、…天の焔を取ってきてこの境界のガラス板をすっかり熔かしてしまう人がある。

(大正九年五月、柿渋)

 

ネーミングの天才uf-fuの大西さんのお話ではないですが、モメント ポエティコというタイトルがギリギリまで決まらず、悩みました。明確に用途を限定しないものでも居場所のある展示をやったら面白いかもしれない、そう思って作家さん方へお声をかけはじめた時からずっと仮題のままで、しかもわたしたち二人の間では『役立たず展』だの『うつわじゃない展』だの、さんざんな呼ばれようで、本来の主旨からも遠ざかってしまいそうだったところに、まったくの偶然からこの一冊の古い随筆集に出会い、タイトルの着想を得ました。

日常の中の不思議を研究した物理学者で随筆の名手としても知られる、寺田寅彦さんの『柿の種』という短文集で、大正9年から俳句雑誌に連載されていたものを再編したものです。このガラスの穴のはなしはその第一話なのです。続く第2話もたまならなくカッコイイのです。

* * *

 

宇宙の秘密が知りたくなった、と思うと、いつのまにか自分の手は一塊の土くれをつかんでいた。そうして、ふたつの眼がじいっとそれを見つめていた。

すると、土くれの分子の中から星雲が生まれ、その中から星と太陽とが生まれ、アミーバと三葉虫とアダムとイヴが生まれ、それからこの自分が生まれてくるのをまざまざと見た。

……そうして自分は科学者になった。

しばらくすると、今度は、なんだか急に唄いたくなって来た。

と思うと、知らぬ間に自分の咽喉から、ひとりでに大きな声が出て来た。

その声が自分の耳にはいったかと思うと、すぐに、自然に次の声が出て来た。

声が声を呼び、句が句を誘うた。

そうして、行く雲は軒ばに止まり、山と水とは音をひそめた。

……そうして自分は詩人になった。

(大正九年八月、柿渋)

 

「こうして見ると、毎日、両手で土を捏ねている作家のみなさんは、すでに、詩人なんですよね。」…だなんて書いて上の『柿の種』の文章を作家さんに送りつけるという、展示を妙にポエティックな方向に誘導しようとしているかのようなことまでしてしまったのですが、本当にこの出だしの2章だけで相当に引き込まれてしまいました。実はその本は文庫版で、当店の向かいのブロートツァイト ベッカライさんの一角にある棚、PEOPLE BOOKSTOREという古本屋さんのコーナーにあったものを、なんとはなしにひょいと手に取って出会った文章だったのです。

早速PEOPLE BOOKSTOREの植田さんにお願いして、会期中に本をセレクトしていただくことにしました。

ろばの家でははじめての、うつわでも、うつわでなくてもよい作品が集まるこころみとなります。わたしたち自身、遊びに夢中となった子どものように、心の底から楽しんで展示の準備をすることができました。ご覧いただく皆様にも、楽しんでいただけますように。

 

この記事をシェアする
Share on Facebook
Facebook
Tweet about this on Twitter
Twitter
Share on Google+
Google+

関連記事