呼び覚まされる感覚。KANA UEDAさんの作品から感じる手触り、景色。
世の中には、その辺に転がっている石に目を向けることができる人とそうでない人とがいるように思う。
kana ueda(植田佳奈)さんは紛れもなく前者で、さらに言えば目を向けることができるだけでなく、石や小さな虫や葉っぱの模様に心を奪われ、魅了され続けるタイプの人であるようでした。大人となった今でも。
誰もが子供のころには、身の回りの物の不思議さ、美しさに目を見張ることができたはずなのに、どこかの段階でそれらに感動する感受性を失ってしまう。もしくは忘れてしまう。
sense of wonderセンス・オブ・ワンダーという言葉が思い出されます。
「石って、すごくないですか?川に流されて転がりながら長い年月をかけてあんなに美しい姿になって、しかも二つと同じものはないんです」そんな、石という存在のような作品を作りたいのだという。
誰も見たことがないような、あたらしい土の表現を求めて様々な手法を手探りで試し続けている植田さん。
多くの場合作品は明確な用途を持たず、今回ご紹介する「象嵌一輪挿し」と名付けられた作品でさえ、ギリギリ一輪挿しと認められるための小さな穴は開いているものの、何かを挿す必要さえ感じられないような作品となっているのが面白い。
それそのものとして、存在しているというだけで十分に魅力的な佇まい。オブジェ、と片付けてしまうにはあまりに自然な存在感。
動物、植物、分類はさておき少なくとも人工物という気がしないのです。明らかに作られたものであることを頭では理解できているのに、人の手を介していることを忘れてしまう。
はじめて実際に植田さんの作品を見た時のドキドキする感じは、見たことのないタイプの作品に対する驚きというよりもっと直感的な感覚でした。偶然見つけた昆虫の抜け殻か何かのあまりに完璧な姿に思わず「見てみて!」となる興奮状態に近かったかもしれません。
技法的には象嵌と呼ばれる手法ですが、こんな象嵌作品はこれまで見たことがありませんでした。
真っ白くキメの細かい半磁土をろくろ成型し、ごくごく薄く鋭利なヘラや鉛筆の先などで一刀一刀、虫眼鏡で見たくなるような細かな彫りをびっしりと全面に施して素焼きをする。釉薬はかけずに呉須などを溶いたものを塗ってしみこませ、スポンジで表面をふき取ってから焼成…と行程を説明してくださったのですがなかなか想像がつきませんよね。
百聞は一見に如かず。植田さんは最近制作風景を動画で公開してくださっていてそれがとてもわかりやすい。「どうやって作っているの?と聞かれることが多くて…」と植田さん。思わず聞きたくなる気持ち、わかりますよね(笑)。
ちょっと、見てみてください(全画面表示でご覧ください)。
でも、植田さんの作品の特異性は緻密さ、精巧さにある訳ではないようです。超絶技巧、という意味でのすごさであれば、もっと何か違った印象を与える存在になる気がします。
「わたし、会ったことがない人からはよく神経質な性格だと思われるみたいなんですけど、ぜんぜん違うんです。」
象嵌細工を施す作業も実はかなりアバウトで、それがもしかしたら逆に結果として自然界の物質のような不規則性を生み出しているのかもしれない、というのです。
本当に神経質で完璧主義な人が同様の作業をしたら、一片のほころびもない無機質なものが出来上がってしまうのでしょうか。面白い視点だなあと思ってお話を聞いていました。
視点、と言えば物の見方が妙にマクロになってしまうそうで極端に物に寄ってしまうのだそうです。小さな植物やその陰にいる虫たちも、近づいてみると遠目では見えなかった細部の造形が見えてきて、その奇跡的なまでの美しさにさらに引き寄せられてしまう、と。
ただし、細かい作業をするのに顔を近づけて粘土に向かっている間は「自然なものを作ろう」とか「こういう風に仕上げよう」という狙いを持っているわけではなく、ひたすら無心で作業に没頭してしまうのだとか。
そしていったん自分が手掛けた粘土の塊が焼きあがり、一個の造形となってしまうともう自分の手からは離れてしまい、自然界にある未知の存在のように感じられてしまうというようなことも話していました。
確かに、こんな存在には出会ったことがなかった。いつのころからか忘れてしまっていた、身近なものの中にある美しさや不思議さに感動できる感覚、まさにセンス・オブ・ワンダーを呼び起こしてくれるそんな存在であるかのように、わたしには思えました。
小学3年生のころにはっきりと「自分は会社で働くようなことはない」と自覚していたという植田さん。小学、中学と偶然陶芸クラブがある学校に通いそのころから粘土遊びの面白さに夢中だったそう。
「考えてみると、ずっと公園で粘土をこねて遊んでいた子供のころから、今やっていることはあまり変わらないんです」そんな風に話す彼女は屈託がなく、なんだかすごく羨ましい気持ちが湧いてしまいました。
彼女の前には無限の原野が広がっていて、そこにひしめく植物や虫たち、通りすがりの鳥たちもみな、手を広げて彼女を迎え入れている。作品をひとつ手に取り、毛並みのような肌を撫でていると、自分もほんの一瞬その原っぱに足を踏み入れたような気分を味わえた気がしました。
植田さんの作品に出会い、触れてみて皆さんは一体どんな感覚を思い起こすのでしょうか。そしてこの先植田さんは、わたしたちにどんな新しい景色を見せてくれるのでしょう。今回こうしてご縁をいただき、皆さんとこの体験を分かち合えることをとても嬉しく思います。
kana uedaさんの作品はコチラから。
KANA UEDA 植田佳奈