自然に錆びてゆく鉄の美しさをありのままに。

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狭山湖畔のアイアン工房、スタヂオサニーに羽生直記さんを訪ねて

「いつかどうせ錆びてしまうのに、どうしてわざわざピカピカにするのかわからないんです。」

…はじめからずっと、こういった錆びた作品を作ってきたのですか?というわたしの質問に、羽生さんはそう答えてくれました。羽生直記さんは、鉄を素材に作品を作っています。朽ちたようなほころびや錆が無機質な鉄にニュアンスを与えていて、同じデザインのものでもそれぞれ全く違った表情を見せてくれます。

工房にしているガレージの入り口の外には、ありとあらゆる形の鉄材が置かれていました。鉄板、パイプといった資材らしきものから、廃材のようなもの、椅子の足や棚の骨組み、壊れたオブジェ、もしくは壊れたようなオブジェ。置き場に屋根はなく、雨ざらしです。そこに、成形し仕上げを待つだけだという色々な形のランプシェードが無造作に並べられていました。すでに赤茶けた錆にびっしりと覆われているもの、部分的に薄くにじんできたものなど、錆の進行具合はマチマチです。

錆の出方は千差万別ですが、効果を狙って錆びの進行具合をはかるというのではなく自然任せ。「作業を順に進めていって仕上げるタイミングが来るまで勝手に錆びさせておく、といった感じです。基本、放置です。」と羽生さん。
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「中、見てみます?ほんと汚くて、ただの工場みたいですけど」とトタン屋根の大きな建物の中へ案内してくれました。すぐ隣は自動車の修理工場と製材所かな?とにかく民家は離れていて、裏手に林が続いています。その林の先はすぐに狭山湖です。所沢というとものすごく暑い地域というイメージですが、それでも比較的涼しい風を得られる環境なのだそうです。全く偶然に「貸工場」という貼り紙を見つけたというこのガレージ。他に2人の作家さんと共同で借りているとのことですが、物件を探す時に3人で決めた条件と言うのが、「24時間音を出しても苦情のこない場所」というもの。これがなかなか見つからず、困り果てていたころやっと出会えたのだそう。ガレージのすぐ脇を用水路が引かれていて、ザリガニでもいるのか黄色い揃いの帽子を被ったこどもたちが木の枝で釣りごっこを楽しんでいました。「幼稚園のお散歩コースになっているみたいで。一度前の持ち主が置いて行ったロボットに手紙が挟まれていたこともありました。」

入口の壁に大きなペガサスのレリーフが掲げられています。壁のダクトには目鼻口に手までついています。こどもたちにとっては、ものすごく不思議な、魅力的な場所に違いありません。ロボット工場、ペガサスの家、なんと呼ばれているのかな~と、ちょっと余計な想像もしてしまいます。「でも鉄材が沢山あるので、危ないから絶対に近寄らないようにだけはお願いしているんです。」と、意外なほど真面目な表情で話していました。後でわかったのですが、鉄という「凶暴な素材」を扱う上で、安全であること、にはとても気を遣っているようでした。

中に入ると、そこは子供たちにとってだけでなく、わたしたち大人にとっても全く未知の世界でした。
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パパろばもママろばも、鉄の工房にお邪魔するのは初めてです。大きなガレージの壁いっぱいにペンチや金槌などの工具が掛けられていて、車の修理工場のよう。大きな油圧式のプレスや円盤歯の電動ノコギリなどに混じって、もちつきの臼のように太い丸太の幹に鉄の首が2本、鶏の頭のような恰好で埋められている道具がありました。鉄の太い棒はあて金といって、鉄板を成形するのにつかう、たたき台だそうです。伝統的に、重たいケヤキの木が使われるのだとか。
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鉄の作家さんと聞くと、わたしたちのイメージでは鉄を熱してはカンカン叩く、いわゆる鍛冶屋さんのような鍛金(たんきん)の仕事を思い描きますが、ヨーロッパでよくみかける、くねくねと曲がった鉄の装飾 を羽生さんはあまり好まないのだそうです。
「もちろん、必要があればやりますが、飾りのために叩いて叩いて、それで値段が上がる様な余計なことはあまりしたくないんです。」必要のないことはしない。それだと、どうしても我が出てしまう…と付け加えましたが、なるほど。言われてみると羽生さんの作品、装飾と呼べるものは一切ついていない。ただ、部品ひとつひとつの形が美しいだけ。「まあ、そう言ってても出ちゃうんですけどね」と、なんだか独り言のように呟いていました。

「羽生さん、この機械なんですか?」「これはどうやってつなげるんですか?」矢継ぎ早に質問するわたしたちに「えーと、なんといったらイイのかな?」と言葉を探しながら、できるだけ分かり易く説明してくれます。相手があんまり素人だと、専門用語を使うたびにその用語も説明しなければならないので面倒だと思うのですが、用語の解説まで含めて、とても辛抱強く教えてくれました。次から次へと飛び出す質問に、実際に機械を操作したり、成形前と後の姿を比べて見せてくれたり、制作の流れを一通り説明しながら答えてくれました。わたしたちの興味は鉄だけでなく、羽生さんという人そのものに向かって根ほり葉ほり、個人的な領域にまで踏み込むので話は右往左往。時間がいくらあっても足りません。食事もあるだろうから1時には切上げようね、と話していたのに工房を出た時には4時を過ぎていました。つくばから電車を3本乗り継いで、狭山ヶ丘に到着したのは10時過ぎ。6時間ほどぶっ通しで立ったまま話しをしていたことになります。いつも、話に夢中になりすぎて時間を忘れてしまう。

2年前に思い切って購入したというプレス機は、細かい部品の型などを抜くことができるようになり、そのおかげで飛躍的に加工のスピードが上がったそうです。「けっこうすごい音がするんですよ。」と小さなドーナツ型の鉄材を拾い上げて、金属の型をあててプレスにかけると「ブシューッ」と鈍い音が響き、ソケットの差込口のパーツの形が出来ています。確かに民家が近くにあったら夜に作業をすることはできません。
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ランプシェードの傘部分は薄くてプレス機で型抜くことはでいないので、円盤状の鉄板を溶接して大まかなドームを作ってから先述のたたき台で継ぎ目をならし、成形していきます。手に直径24㎝くらいのシェードを持っていたので「それでどのくらいの時間がかかるのですか?」と聞くと、流れ作業で複数同時に進めていくのでひとつひとつがどのくらい時間がかかるかはわからないけれど、としばらくう~~んと考えて、3時間、いやそれ以上かかっているのかな~。まあこれだと1日に2個くらいでしょうかね?僕は飽きっぽいんで。と笑っていました。表面が錆びたままの自然な色合いですが、最終的には蜜蝋などで錆止めを施してから電球のソケットとコードが組まれます。ガサガサと赤茶けた錆が粉拭いているような鉄が、蝋を摺り込まれるとぐっと黒く、マットで落ち着いた質感に生まれ変わるのが不思議です。
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錆止めを蜜蝋にしているのは、手に触れても安全な、天然の素材だから。他にも手段はありますが、合成薬剤は含まれる成分が不明瞭なものもあり信用できない。シンナーの臭いも嫌いなので基本的にペイントはしないし、什器などで木材を使う場合でも無垢のまま素材の色を生かすか、色をつける場合には木酢液などを使い、合成樹脂ではなく天然のくるみオイルで仕上げています。生活道具を作っているので誰が…例えば子供が触っても安全なものを、ということはとても気をつけているのだそう。鉄を錆びさせるのによく使われる腐食剤も使わないし、同様の効果を得られる塩水も、自然に出た錆と比べて後の劣化が早いので使用しません。時間はかかっても、外に放置すれば自然に錆はつくのですから。

仕上げの錆止めは蜜蝋のほかイボタロウという、ふすまや建具のすべりをよくするために使われている蝋を使う場合もあるそうで、蜜蝋と比べて若干仕上がりがさらさらになるのだそうです。「イボ太郎?」はじめてきくそのインパクトある言葉に、過剰に反応するわたしたち。「いぼ・たろうではなくて、いぼた・ろう、です。イボタムシという、カイガラムシの一種からとれる高級な天然蝋なんです。」わたしたちがあんまり騒ぐので、あとで実物を見せてくれました。外で錆がついていたランプシェードを選んだ際に「蝋加工はすぐできますよ」といって「蜜蝋、イボタ蝋、どちらにしますか?」と聞かれたので、せっかくだからとイボタを選んだのです。ストーブの上でシェードを熱し、そこに固形の蝋を摺りつけて融かし布で刷りこむ作業ですが、実際その場でひとつ仕上げてくれました。革の手袋をはめていますが「熱くないんですか?」とパパろばが聞くと「熱いです」と羽生さん。「熱くて放り投げちゃう時もあります。何をしても壊れないところが、鉄のいいところです。」と笑っていました。
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…でも、どうして、鉄だったんですか?
「僕の通っていた大学は、願書を出す時点で素材を選ばなきゃならなかったんです。金属、ガラス、布、陶器とか、17、8の高校生が、決めなきゃならない。さすがに制度が変わって、今は入学してから選べるようになったみたいです。もちろん、何をやりたいかなんてわかんないですよね。車に興味があったけど、それでプロダクトデザインというのもしっくりこなかった。子供のころから何かを作るのが好きだったので工芸。で、車は何で出来てるかというと鉄だし金属かな、と。そんな程度です….。でも結果、僕には性に合っていたのでしょうね。当時同じ科にいた人で今でも金属と関わっている人はほとんどいません。やっぱり、鉄はいいですよ。何でも創れちゃう。ドでかいものの骨にもなれるし。強い粘土で形作っている感覚です。扱いは簡単じゃないけれど…。」多分、本当に鉄、という素材に入れ込んでいるんだなあ、と思わせる説得力のある表現でした。…強い粘土。

「やっと最近、思い描いた通りのカタチを作れるようになってきたんです。」頭の中では出来ているのに、現実の作品はその完成図とは全く違う、ツライ期間が長く続いたそう。

はじめから鉄の生活道具を作っていた訳ではなく、卒業してからしばらくオブジェなどによるアート表現を追求してきたという羽生さん。通っていた大学はファインアート志向が強く、生活道具などの商業的なモノづくりを低く見ているようなところがあった。陶専攻の学生が食器をつくろうものなら「オマエなにお茶碗なんて作ってんの?いつでもできるじゃん、的な…。」と説明してくれました。「彫刻家を目指していたのでどうやって自分の表現、オブジェで食べていけるかばかり考えてました。とにかく作ることが楽しくて。3mのオブジェを作ったこともあります。でも、置き場がないのでスクラップにしちゃいました。」

誰かのブログか何かで読んだ記事を思い出して、「確か、汐留のフジテレビのビルの、巨大なジブリのからくり時計、羽生さんも参加されてたんですよね?」と尋ねると、「日本テレビです。あれはただただ苦痛でした。」「え?そうなんですか?子供をアンパンマンテラスだったかに連れて行った時に見ましたよ。相当大きいですよね?」「教授に頼まれたバイトで、一年間毎日通ってひたすら銅のパーツを溶接してました。おかげで溶接の技術はかなり上がったけど。」と笑います。

特に転向しよう、と決めて作り始めたわけでなく、4、5年前ちょっとやってみようかな、というくらいだった生活道具。でも実際に作ってみて感じたことは、芸術作品を作るのと変わらないということ。優劣があるわけじゃない。やっていることそのもの自体は全く同じ。コンセプトもしっかりあるし。そして何より、道具はひととダイレクトにつながることが出来る。「それ、どうですか?」と聞いて「いや、全然使いにくい」というように。

「それまでは、ひたすらゴミを作っては捨てているようなものでした。作るっている行為が好きなのに、作ったものが人に無視し続けられること、人とつながれないことに耐えられなかった。」そう語る羽生さんの口調はそれでも穏やかで、とてもリラックスした様子。とにかく作ることが好き、という羽生さんはきっとそれと同じくらい人が好きなのではないか、と話を聞いていて感じました。人との接点が直接モノづくりのパワーの源になっている。4月に月みどりのクラフトで初めてお会いした時も、決して自分からペラペラしゃべるわけではないのに壁を感じさせない、開かれた雰囲気が印象的でした。自分の作品に興味を示してくれている人に対するストレートな喜びが伝わってくるような、丁寧で温かな接し方です。

窓際に、オブジェのような人形が3体、埃をかぶって並んでいました。「オイルランプの3兄弟です。」と作業台の上に移して見せてくれました。クラフト展で入選した作品だったのですが、最近はもっぱら、シェードや台所道具など暮らしに寄り添ったものを中心に制作しています。

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道具は、ダイレクトに人とつながれることができる。

道具を作り始めたころからすぐに取りかかった、フライパン。ずっと、作りたかったもののひとつだそう。「やっぱり、世の中でいいと言われている鉄のフライパンを試して、研究したりしたのですか?」と聞くと「いや、まったく試してないです。」と笑って答えました。「世の中、道具ってもうだいたい事足りてますよね。必要なモノは出そろっているというか…。そこで勝負をしても仕方がない。比べても落ち込むだけ。だったら、自分にしかできないモノを作っていくしかない」
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羽生さんのフライパンを手にして驚いたことは、その持ち易さ。鉄の持ち手のものも、木の柄のものも、どちらもとても手になじみがよく、重さの感じ方を軽減させてくれます。そして驚いたことには、木の部分も全て自分で作っているのです。他人に頼むと高くなるのでしょうがなく始めたんです、と言うのですが、とてもとても美しいのです。大理石のようにすべすべに磨き上げられていて、桜材の持ち手などはいつまでも撫でまわしていたくなるほど。手触り…。やはり毎日手にとるものは、感触も大切ですよね。鉄という素材はほんのちょっと雑な処理をすれば怪我にもつながってしまいます。「もう、ほっぺたをすりつけてもどこにもひっかからないっていうくらいのところまで、細部の仕上げには気を使っています」という羽生さん。「だって、道具に怪我させられるのって、イラッとするじゃないですか。市販の中華鍋とかで、結構危ないのあるんですよ。」と教えてくれました。

「くっつかないんですか?」と聞くと自分で使っているフライパンを見せてくれて「これは全然大丈夫です。」と。型で作られたものではなく、手で打って仕上げているから微妙な凹凸があって、それでくっつかないのかなあ…とわたしがブツブツ言っていると「そのせいかどうかはわかりませんが、最初にしっかり油慣らしをしたせいか、僕が日常で使っている分にはくっつく、という感じはないですね。」一人暮らしの羽生さん。これで目玉焼きを焼いたり、オムレツを作ったり…。「これでトースト焼くと美味しいんですよ~。」と見せてくれたのは四角いパン。玉子焼き用かと思ったら。…やはり使い心地を聞かれるので、自分でも使い込んで経年変化を見ているそう。わたしたちも、同じくらい小さなフライパンを自宅用に購入。わたくしママろば得意のフリッタータ(イタリアの玉子焼きです)を、これで焼いたら外側がカリッといきそう。。。ファミリー向けに、もっと大きなフライパンも作って欲しいのですが、この小さなフライパンと同じ2.6ミリの厚みの鉄を使うと、まず片手では持てないような重みになってしまうため、どの程度の薄さにするのか、重さを軽減させるような形状の持ち手など、常に試作を積み重ねているのだそうです。

パパろばにとっては初対面となった、今回の工房訪問。羽生さんが「狙っているわけじゃない」という錆の雰囲気と同じで、ずっと以前からそこにあったかのように空間にとけこむ作品たち。本人の風貌も作品にたがわずラフな感じがオシャレで、はっきり言ってカッコイイです。帰り際「確かうちのパパと同い年なんですよね?」と聞くとやはり79年生まれ。パパろばが「えええええ???」と驚いていました。年下だと思っていた様子…。わたしが「シングルだからじゃない?ほら、子供いるわけじゃないし」となぐさめると「それに痩せてるし…」と、ちょっと自分のお腹をなげくパパろば。ダイエットへの決意をさらに固くして帰りの電車に乗りました。
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はじめて会った時から印象に残っていた、抑揚の少ないゆったりと穏やかな話し方。今回話していてさらに、彼の作品の持つ温かい雰囲気の出発点がわかってきた気がしました。人と、つながっていたい。冷たい金属としての鉄ではなく、温かみを感じられるような、強くて優しい鉄。彼にしか作れない、錆び色の傘に反射するやわらかな灯り。その灯りの下で繰り広げられる、食卓に集う人々のにぎわいを想像したりして。そうして羽生さんは熱い作業場で、ひとり鉄を打ち続けているのかも…。ろばの家に加わった4つのシェードを見上げながら、マッチ売りの少女チックな気分にひたってしまうママろばでした。(2015年4月)
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