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マンマの優しいお味、イザベッラおばさんの瓶詰。

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北イタリアのピエモンテ州で家族経営の小さなワイナリーを営むイザベッラ。アグリツーリズモの宿泊客への料理は、すべて彼女が用意します。ドイツやスイスからやって来るイタリアフリークの長期滞在客をとりこにする彼女の料理は、気取らず素朴な家庭料理で、近隣の畑の採れたて野菜や庭のハーブをふんだんに使っています。「隣のおばちゃん」と親しみをこめてよばれている気さくなイザベッラですが、なかなかどうして、料理は繊細な気づかいに溢れ、軽やかです。とにかく「胃に負担がかからないように」というのが彼女の信条。というのも、彼女は元薬剤師。ハーブの薬効や組み合わせにも詳しく、その使い方には時々はっとさせられます。そして何より、彼女のもっとも称賛すべきキャリアは4人の男の子のお母さん、という偉大なもの。育ちざかりのやんちゃ坊主たちに、いかに野菜を沢山食べさせるか。20年以上も試行錯誤を重ねた結果のスペシャルレシピ。息子を思う母の愛がみっちり詰まったマンマの優しい味。

 

空気のように自然な文様でありたい

茨城の南仏、高萩市に沼田智也さんを訪ねて
第2話「空気のように自然な文様でありたい」

「絵付けのことばかり聞かれてしまうんですけど、僕にとっては、やっぱりうつわは全体でひとつなんで。」と、誰に話すでもないような感じでつぶやく沼田さん。「もちろん絵は大事なんですけれども…」とモゴモゴ。いや、そうでしょうね。やっぱり、絵柄のことばかり話題にされちゃいますよね。すいません。わたしもつい絵のことばかり聞いてしまって。。。(汗)
「これだけ絵が細かいと、時間がかかるんでしょうね、とかよく言われるんですけど、僕には絵付けの作業は苦にならないと言うかサクサク進められるんで、むしろ絵付けの前の段階、ろくろなんかの作業の方により時間もパワーも割かれます。…単にろくろが下手だってだけなんだろうけど。」

そして、沼田さんのうつわをアンティークの染付けのような雰囲気に見せているのは絵の濃淡やタッチだけでなく、釉薬のかかり具合や地肌の微妙な色合い、風合いだと思うのですが、やはりそこはかなり仕上がりに気を遣って、木灰は自分で調達しているのだそうです。「同じような成分で市販品も出てますけど、どうもしっくりこないので僕は自分で作ってます。」

ただでさえ燃やすと量が減ってしまうのに、さらに灰汁を抜くために上澄みを濾す作業を何か月も繰り返すので、出来上がる釉薬用の灰は本当にわずかな量。
「ほんっとうに貴重なので、大事に大事に使ってます。」
「山に入って、色んな種類の木を集めて燃やすんです。で、ただ燃やしてももったいなんで、野焼きも始めたり…。」
煙草に火をつけながら、ゴツゴツとした手跡を残した素焼きの壺を手渡してくれました。

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ここは、先程見たろくろや削りなど成形の作業をするための部屋のとなり、絵付け作業に使う場所。最近までここですべての作業をこなしていたのですが、隣に移動してからは出来上がった作品を並べたり、簡単に間仕切りしてベッドも置いて、ここで寝起きしているのだそう。美術書なども沢山置いてあります。所帯じみた雰囲気は皆無で、ソファーやローテーブルを置いた一角に通された私たちは「お店みたい!」とわくわく。カウンターで繋がっている隣のキッチンへの引き窓を開くと、もうここは完全にカフェです。先の野焼きの壺や、もっと大きな、お茶室の床の間に飾られていそうなゴツゴツとした花器も置いてあります。棚に並んでいる沢山の絵付け作品に混じって、三島手っぽいものや、薄~いモダンなデザインのものも…。
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「本当にいろんなタイプの作品があるんですね。なんだかとても、一人の作家さんが作ったと思えないような…」
「よく、沼田のひとりギャラリーなんて言われてました」
カウンター越しに、煙草の煙と沼田さんの笑い声。この道に入るまで、そして入ってからの遍歴を少しずつ話してくれました。

今のようなガス窯を使う前は、山を切り開いて自分で作った薪窯を使っていた沼田さん。はじめは今のような日常使えるうつわではなく、茶器や花器などを焼いていました。京都の芸術大学で日本画科を出た後現代美術をもう一年学んで、東京でデザイン関係の仕事をしていた頃に出会った陶芸の世界。その深い世界観に衝撃をうけて弟子入りしたのも、芸術的な焼締め作品で高名な、故・田中いさおさんでした。そちら側から陶芸の道に入っていったので、高萩に戻って作ったのも薪窯。時間も費用も要するやり方で仕上がりも偶然性に左右されるところが多く、とてもそれ一本では食べてはいけません。ひたすら働いてはまとまった休みに山で窯を焚く、そんな生活でした。

「薪代のために働いていたようなもんです。仕事も、なんだってやりました。」

デザインの仕事をはじめ、専門を生かして生涯学習センターの芸術部門で企画や講師、割りのよい式場カメラマン、高萩市の町おこしにもかかわるうちにサッカーチームの立ち上げも手伝い、なぜか一年間選手として在籍したり…(それであのユニフォーム姿!FBで見た写真に納得)。けれども、そこまでして出来る作品は簡単に買い手の見つかるタイプのものではなく、対価も受け取れず誰にも評価されないまま制作を続けることに、30歳を前に若干の焦りも感じ始めました。そんな頃、あちこちのギャラリーを巡るうちに「生活のためのうつわ」という世界もあるのだということに気が付かされ、こっちの方なら行けるかも、と方向転換をはかることに。

震災で山の薪窯も崩壊してしまい、どうしようかと思っていた頃窯業指導所のことを聞き、瀬戸で一年間修行して作家生活の基盤を作ることにしました。ふたたび高萩に戻り、ガス窯でうつわの制作をはじめます。もう、後には戻れません。
「これでダメなら作家生活をあきらめる、と腹を据えて益子の陶器市に出店したんです。それが4年前、ですかね」
「じゃあ、そこであの染付け作品を評価されたってことなんですね?」と尋ねると
「いやいや、はじめは違ったんです。色んな作風のものを作ってたんですよ。もうゴッチャゴチャです。一人ギャラリーですから」

「なんっでもやりましたよ。試せる手法は全部試したって感じ。たたらに、鋳込みに、しのぎもやったし。透けるように薄いのやら、マンガン釉とかマット釉でシュッとした、今流行りのオシャレな感じのとか。すごい憧れてたんですよね~。シュッとしたやつに。カッコいいじゃないですか。そこそこ売れましたしね。でも、なんか、背伸び感がハンパなくて。まあ、いっかな、僕がやんなくてもって思ったんです」

益子で出店した狭いブースに、これでもかと色々な作風のうつわを並べたところ、ギャラリーの人たちから高く評価されたのが、染付の作品だったという。
「自分でも、なんとなくこっちかな、って手ごたえはあったんですけどね~。ただ、最初は違和感がありました。」
今まで二次元で表現していた絵画の世界。それを三次元上で展開するのは勝手も違うし、表現の質が違う。

「やっぱり、全体でひとつの雰囲気を作り出していないと。お皿の上に絵を描く、というのだとダメなんです。絵画じゃないから。」

なるほど。それに、絵だったら、もっと上手に描けるのに…となってしまう、というのもよく理解できます。沼田さんの絵付けはどれも、地肌に溶け込むようにひっそりと馴染んでいて主張しすぎていません。
時々「お!」と絵柄で目を引くものもあるけれど多分それは沼田さんの遊びの部分で、基本的にはアンティークの染付のようなさりげないものばかり。古典柄の写しも多くあります。

実際、コーヒーを淹れて出してくれた細DSC_2390身の茶碗があんまり素敵で「沼田さん、これはいつごろ作ったものですか?」と聞くと「いや、それは僕のじゃないですよ。アンティークです。」と笑われてしまいました。わたしのような素人には見分けがつきません。パパろばの方に出してくれた古いそば猪口は、写しの手本としたと言って自分の作品を隣に並べて見せてくれました。確かに、意匠は同じ。でも、なんだか沼田さんの作品の方が瑞々しいくらい。やっぱりただ絵を真似て描いたというのとは違う気がします。
「今まで、現代の染付のうつわはいかにも柄が目立つ感じがして、アンティーク以外には手が伸びなかったんですけれど、沼田さんの作品は構えずに抵抗なく使えます」と私が言うと、

「模様を、模様と意識しないで使ってもらえるくらい、空気のように自然な一体感をまとわせたいんですけどね」

と、ちょっと照れくさそうに答えてくれました。この人は、本当にいたずらっこの様にくりんとした眼で笑う。フィーリングで描いて一度きりしか描かなかったモチーフもあれば、人気があって何度も何度も描くうちに定番化してきたものもあるそう。自分の中で最高の出来、となった絵柄はトーナメント方式で次にそれをしのぐものが出てくるまで、手元に置いておくとか。
「これなんて売約済みなんだけど、ここに置かせてもらってるんです。」と見せてくれたのは小さな小皿で子猫?子虎?の絵。

すでに定番化した柄の中でも沼田さん独自の柄として人気があるのは、花束シリーズaohana2ではないでしょうか。
「これは写し、というのではないですよね?」
「実はこれ、印判を使っているんです。何年か前に岐阜の古道具屋で、何に使われていたんだかもわからずに買ったハンコを押してみたらなんだか面白くて。確か、50円くらいで売ってくれたんじゃなかったかな。店の片隅に、ガラクタみたいにごちゃっと置かれていた中から見つけたんです。」
印があまりに古くてうまくスタンプできないため、筆を足して色をさしたところ、逆にいい味が出たので色を変えて何種類か作ってみたらしい。昔の西洋趣味を受けた、昭和初期に出回っていた磁器のティーセットのようなレトロ感もあり、異国情緒を感じさせます。狙って出来た柄ではなく、偶然出会ったボロボロのハンコから制作の柱となるような定番柄が生まれたというストーリーに、なんだか心惹かれます。

「色は紅、蒼、紫、の3色展開なんですか?」
「今年の陶器市では、もしかすると新しい色も出すかもしれませんね。ちょっと、試しているので。」
と答える沼田さんの表情は、内緒だよ!とでも言いたそうです。

柄にばかり焦点を当てないで欲しい…とは言われても、やっぱり、どんな新しいモチーフが出てくるのかな?と期待しないではいられません。…ごめんなさい。沼田さん。全体も大事ですけど、やっぱり沼田さんの絵は、楽しみなんです、とっても…。

 

沼田智也さんの静かで温かな世界を。

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 茨城の南仏、高萩市に沼田智也さんを訪ねて
第1話「捕ったで~~~~!!」

こんにちは。ろばの家のママろばです。

先週のお休みに、茨城の南仏、高萩に行ってきました。この「茨城の南仏」というフレーズは今後も幾度となく登場することになりますが、そう呼んでいるのはうちのパパろばだけです。すいません。高速から望む海と山の風景が、南仏を思わせたのだそうで。。。。(笑)内輪ではすっかり高萩の枕詞のようになってしまい、なんと沼田さん自身もときどき使ってくださっているほどですが。

さて、沼田智也さん、です。

 高萩市へは、沼田さんの工房を訪問してきました。とてもとても素敵な訪問となりました。工房で直接お話ししながら選ばせていただいた器たちが入荷したのですが、今日はそのうつわたちについてではなく、沼田さんという人のご紹介になってしまいました。

うつわ自体は、どれもスタンダードな形ばかりで、Theそばちょこ、The小皿、The飯椀、的ニュートラルな、けれども普遍的に使いやすい、時間の洗礼を受けて徐々に枝葉を取り払われ、たどり着いた先であるとでも言いたげなシンプルさなのですが、そこに生彩を放っているのは、明らかに彼の筆であり、彼の筆を通して描かれているのは、彼が世界をどうみているか、に他ならず。。。

彼のうつわを使う人は、きっと彼のその世界観に引き込まれている、もしくは徐々に引き込まれていくような気がしてならないのです。わたしが、彼と話していて感じたその世界を見る目の優しさや親しさを、彼のうつわを使う人にも知っていただきたくて。。。ちょっと思い入れが激しすぎて、ご紹介文が長くなってしまったのですが、どうか最後までお付き合いくださいね!

茨城の南仏、高萩に沼田智也さんを訪ねて。。。

第一話:「捕ったで~~~~!」

「これ、下書きなしで彫るんですか?直接、えいやって?」
思わず声が大きくなってしまいました。

鷹なのか鷲なのか、羽を広げた鳥の大陸的な絵柄や、後光が差しているような光の動きを感じさせる大輪の花。鉢の中から、いくつものお話が飛び出してくるような気がしてしまうのは、メインのモチーフを取り囲むようにして隙間を埋めている、細かい装飾のひとつひとつが生き生きとした筆の勢いを残しているから、なのかな。でもこれ、筆で描かれているのではなく、彫り模様なんです。かき落としという技法で、白い化粧土をかけてから掘りをほどこし、下地の赤土と残った部分の白とのコントラストが模様となって浮かび上がる。とても時間がかかるので、展覧会などで予定がつまっている時にはできない仕事なのだそう。今まで見せてもらっていた染付のうつわに描かれた精緻な模様も、すべてフリーハンドと聞いてはいたのだけれど、この彫り模様まで一発勝負ときいて、誰もがするであろう質問をお約束のように…。

「じゃ、失敗したらどうなるんですか?」

「終了です。」

「ええ~~~??修正液のようにちょいちょいと化粧土で隠して掘り直したりできないんですか?」

「ダメですね。一度乾いてしまうと後から足した部分とは収縮率も変わるので、焼きあがると必ずわかってしまいます」

ううう~~~ん。

「だからもう、こういう仕事にかかる時は、アスリート的な集中力です。究極まで研ぎ澄ませてます」

古い蔵を自分で改装した工房。ろくろや削りに使っているこのスペースは、最近完成したばかり。蔵なのでもともと窓はなかったところを、小さな明かりとりの窓をあけ、昔のくぐもったガラスがはめ込まれています。

「あまり直射日光もよくないのだけれど、ずっとこもって仕事をしているとさすがに刑務所みたいに息苦しくなりそうで。。。」

 hp-numatasan-koubou壁や棚も全て手作り。見事な古い湾曲した梁などはそのまま残し、墨を混ぜた漆喰で塗った黒い壁にライトがひとつ。吊された花器をぼうっと浮かび上がらせて、工房とは言ってもギャラリーのような雰囲気です。ろくろで成形した後は、乾燥との戦い。湿度をどう調整するかで、削りの作業までの時間を短縮したり、逆に引き延ばしたり。棚はぴったりとカーテンで覆えるように設計して、その調整が劇的に楽になった、と教えてくれました。自分で作った工房は、物理的にも、精神的な面からも作業効率を上げているんだろうなあ。

 

「静かですね~。確かにこれは集中できそう」
パパろばが、羨ましそ~うにキョロキョロ工房を見回します。

「僕には、ちょうどいいんです。こういう何にもない田舎で、一人作業に没頭して、気が向けば東京まで出ていくこともできて。益子や笠間のように作家さん同士の交流はないけれど、逆にしがらみもないし。誰かに会いたくなったら、自分が出ていけばいい。」
静かに笑う沼田さん。

高萩市。茨城県北部の、福島よりの海辺の町。初めて訪れましたが、海がとても美しく、わたしもパパろばもテンション上がりまくりです。パパろばなど、高速で高萩に入ってすぐ現れた光景に「南仏みたいだあ」を連発。工房のある場所は高速を降りてすぐの山寄りの場所。町の中心地はもっと海の近くです。海岸まで下るのに車で10分程度。美味しいお魚を食べにお昼に中心地の食堂まで出かけ、その近さにびっくり。海と山との距離が近く、工房まで戻ると潮の香りは消えて、空気もすうっと一段冷たいのです。

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「海、見ていきます?」

多分、高萩を訪れる人みんなに見せているんでしょう?と聞くとにっこりうなずいて、引き潮の砂浜をどんどん歩いていく。「よくこの上から波を眺めてました。」という岩山に登り、ざぶんと岩に砕ける波しぶきや、遠くに見える海岸線、絶壁に点々とはりつく「鵜」などを指さし、あれこれ教えてくれました。

鮎も上がるほどの澄んだ川では、手づかみで魚を捕えていたこと。捕ったその場で焼いて食べる魚の美味しさ。大きな鮭を捕えて自慢げに家に持って帰ったらおこられて、川に戻してあげたこと。毎日毎日、自転車で海や川に通い、魚やウニを捕るのにもぐって遊んでいたこと。

「むっちゃ美味しいんですよ。」

ニコニコと嬉しそうに語るその姿が、真っ黒に日焼けした、沼田少年の姿に重なります。「捕ったで~~~!!」と、大きな鮭を両手に抱え、大慌てで駈けてくる、沼田少年。キラキラしていて、想像するだけで目を細めてしまう。海で、山で、高萩の大自然の中で毎日手に触れ、臭いを吸いこみ、慣れ親しんだ草花や動物たち。沼田さんの原風景的モチーフになっているのかな、なんて勝手に想像が膨らみます。

自然の中の、すべての動植物が、生き生きと魅力的なモチーフになりえるんじゃないか。黙ってスケッチしていただけでは表現しきれない、自然物への慈しみというか愛着というか、沼田さんには、その小さな存在たちのすべてがキラキラ輝いて見えているんじゃないだろうか。あの静かな薄藍の絵付けを眺めていただけでは感じられなかった憧憬が、高萩の海辺で笑う沼田さんを前にして、一気に押し寄せてきました。

小皿の中の蟹が、笑います。群れをなした鳥が、羽ばたいていきます。そうした模様のすべてが、この、沼田少年の手から生み出されたと思うと、やっぱりとても、羨ましい。

「捕ったで~~~~~!!!!」

真っ黒な沼田少年に魅了されて、すっかり文章が長くなってしまい、本題にまでは入れませんでした。まあ、この部分もわたしにとっては本題みたいなものなのですが。。。次回、この続きの

第2話「空気のように自然な文様でありたい」

をお届けします!!お楽しみに~~~~(してくださる方がいるといいな。。。)。

 

 

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