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素直で飾り気がなく、手を加えているけれど、強調されすぎていない絶妙なバランス


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古松さんの器との出会いは1年前くらい。粉引の器の中心にはラクダ?の印が押されたものだった。柄物、という訳ではないけれど、絵付けや印判の押された器を殆どと言っていい程使うことの少ないろばのウチですが、古松さんの器には妙に惹きつけられたんです。なんででしょうね。それだけが強調されすぎてない、落ち着いた雰囲気が気に入って小皿。食卓への登場回数も多いし、妙に馴染む。特に意識はしていないが、たまたまチビろばちゃんがこの器を使っていて、食べ終わった時に印判が出てきて、ちょっと喜んだりしてるの姿を見るのもいいものです。

当然のことながら取り扱えないか、となった訳ですが…作家さんの名前がわからない。。。あの手この手で調べてやっとたどり着いた古松さん。(駄目ですねちゃんと名前聞かないと・・・)

昨年の11月にやっと連絡を取ってみることに。とにかく電話してみよう!どんな人なのかわからないまま、電話をかける。受話器越しに聞こえる『プルルルル…』の回数の度ドキドキも高鳴る。奥様がお出になって、つくば市のろばの家の…と名乗って古松さんに取り次いでもらおうと思ったが個展で不在にしていて、後日連絡してください、と言われ電話を切った。ふぅ~。緊張した…毎回毎回なんだろうこの緊張感。そして、きっと古松さんの奥様はさぞろばの家?なんだ?と思われたに違いない。。。古松さん、どんな人なんだろう?と思って調べてみることに。ちょっと調べてみると三島、粉引、刷毛目の研究で高名な故吉田 明さんのお弟子さんだったらしい。

こここ、怖い人だったらどうしよう。(どうしても陶芸家=怖い印象がとれないらしい。)びくびくしながらも再度連絡してみることに。電話越しの古松さん、イメージと真逆の物腰の柔らかい、落ち着いた口調で驚く。古松さん、改めて連絡をとる数日間に、うちのお店のことを調べてくれたみたいで、他の作家さんの器を見てくれて、こうゆう感じのがお好みですか?と言ってくれたりして、ちょっと嬉しかったりもする。右も左もわからない時に(今でもあまりわかっておりませんが…)、何屋かわからない、得体のしれないろばの家に対応して頂いた、古松さん。本当にありがとうございます。

そんなこんなで、ろばの家に古松さんの器がやってきました。

実は古松さん、大学院に進んでいながらも「普通に就職するのは何か違った。」と、以前から興味のあったものづくりの世界に進むため大学院を中退。「本当は仏像とか作りたかったんですけど、おそらくそれでは食べていけないのでは…」ということもあって兼ねてから楽しそうと思っていた焼き物の世界に。

何故、吉田さんだったのか?という問いに、ご両親がもともと骨董やうつわが大好きで、その中にあった吉田さんの器に強く惹かれたことで、故吉田 明さんに弟子入りすることを決意したのです。「やるからにはとことんやりたい。」穏やかな口調とは裏腹に「人が10やることは20、30はやっていた」と、負けず嫌いな一面も。

furumatsusan-kama自身で造られた割り竹式の登り窯から焼かれた器は、うっすらと赤く火色のついたものから、強めに焼き色が付いたものまで、表情豊か。そこに押された動物や花?、人のような刻印。この刻印、古松さんが中国に行った時に、シルクロードの近くの岩に無数に描かれていた、遥か昔の時代の岩画からインスピレーションを得たそうです。

そこには動物、人、模様、中には何かわからない様なものまで、本当に沢山の岩画があるそうで、どの岩画も静かで素朴なところに魅力を感じたそうです。素直で飾り気がなく、手を加えているけれど、強調されすぎていない絶妙なバランス。いくつもある印もその時の古松さんのインスピレーションで決めているそうで、言われてみると、岩画のような静観さも。刻印そのものにも惹かれるが、うつわ全体で見ても違和感がない。いつまでも飽きない一枚になりそうな予感です。

古松さんのうつわはこちら

 

シチリアのパンテッレリア島から届いた、 むせかえるほどの潮の香り。

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シチリアのパンテッレリア島から届いた、 むせかえるほどの潮の香り。

お店の扉を開けると、ほんのり潮の香りが漂ってきます。
レジのそばに並べた、ケイパーの塩漬けの袋詰め。。。。

青い、爽やかだけれどワイルド感もあるハーブのような香りですが、明らかに磯の雰囲気なんです。香りからも、海の塩味を感じとれます。ケイパーは野ばらにも似た白と紫の色鮮やかな花をつけるツタ性の低木で、シチリア島の海岸沿いの岩場などによく自生しています。

日本では、スモークサーモンの添え物としてよく酢漬けのものが使われてきましたが、その多くは酢と塩にがっちり漬けられていて、ケイパーそのものの味わいが感じられず、それしか食べたことがないと、あまり印象に残らない食材なのではないでしょうか?イタリアでは、塩漬け、酢漬けどちらも出回っていますが、塩漬けのほうが一般的で、サラダやパスタ、煮込みなど色々な場面で使われています。特に、シチリアでは間違いなくどこの家庭も常備している、欠かせない食材。調味料と言った方が近いかもしれません。

パンテッレリア島や、エオリエ諸島、など、シチリア周辺の小さな島々の特産品で、中でもパンテッレリア産のケイパーは最高級品とされ、その小さな島でもケイパーで生計を立てている農家が数多くあり、協同組合でも良質なケイパーを作っています。インサラータ パンテスカ(パンテッレリア風サラダ)といえば、茹でたじゃがいもにトマト、玉ねぎなどをベースに、ゆで卵を入れるもの、ブラックオリーブを入れるもの、などいろいろなレシピがあるなか、ケイパーだけは絶対に欠かせないもの、として必ず使われています。入らなければパンテスカ、じゃありません。シチリア島は塩田も有名で、ミネラル豊富な天日干しのお塩がトラーパニ近辺で沢山作られていますが、このフェッランデスさんのケイパーも、トラーパニ産のお塩を使っています。

フェッランデス家は、家族3人だけで営む小さなワイナリーで、パンテッレリア島のもうひとつの特産品、パッシートと呼ばれる干し葡萄から作られる甘口のワインを造っている農家です。この、地元でジビッポと呼ばれるマスカット品種を使った甘口のワインも唯一無二の素晴らしさなのですが、採算度外視、といった感の気長な、時間のかかる生産方法なためなかなかワインだけでは生計が成り立たず、ケイパーで収入を得ていた、というお話を当主のサルヴァトーレ・フェッランデスさんから聞いていました。

実は、彼らのワインはろばの家のママろばが何年か前まで日本に紹介していたので、パンテッレリア島のワイナリーにも2回ほど遊びに行きました。最後に彼らの家を訪ねたのは2007年でしたので、もうずいぶん前のことになりますが、フェッランデス家の家族の温かく謙虚な人柄、本当に質素な暮らしぶり、でもその中で家族仲良く楽しそうに、全員で助け合いながらワインとケイパー造りに励んでいたこと、それを語ってくれるちょっと皮肉屋のサルヴァトーレの冗談など、忘れられないシーンが沢山あります。

夏の、強い日差しの中で見た、岩場に這うようにツタを伸ばすケイパーの白い花の美しさ。花びらまで、あの、磯の香りがすることを、パンテッレリア島を散歩しながら、サルヴァトーレの奥さんに差し出された花びらを食べて初めて知ったのでした。
ワインとケイパーの現輸入元、ヴィナイオータさんからケイパーと干し葡萄が届いた時、その箱を開ける前からお店いっぱいに広がった独特の磯の香りに、8年前のそのシーンが沢山よみがえってきました。シチリアに住んでいたこともあって日本に帰ってきてからもケイパーだけは欠かせない、というほど日常的に使う食材なのですが、改めて今食べてみても、フェッランデスさんのケイパーはパンチがきいていて、料理に使うとバシッときまります。

塩分が強めでも、旨味の強いお塩なので、逆にケイパーの塩味で料理の味を決めるようにして使うと、単純に塩で味を決めるのと違って味に奥行きと香りの楽しさが加わります。煮込み料理のかくし味に、例えばトマトソースでお肉などを煮込むときのかくし味にして時間をかけて塩分をしみ出させるように使う時以外は、刻んで使うのがケイパーの鉄則です、が、なんだか今回のフェッランデスのケイパーは少し開いた蕾も混じっているので、お湯か水に浸けてからごくごく軽く水分をペイパーなどで拭いてあげただけでも、お料理のアクセントに使えます。全体に味を馴染ませたいときには、やはり刻んだ方がいいですね。

いつもざくざく刻んだものをオリーブオイルで和えて、トマトはもちろん、茹で上げ野菜(じゃがも、いんげん、カリフラワー、などなんでも)と和えたりするシンプルな使い方をご紹介しているのですが、今日は、塩味のパンチがきいたフェッランデスのケイパーの特徴を生かして、無塩の発酵バターに混ぜ込んで、ケイパーバターを作ってみました。

これが、これ単体でもバクバク食べてしまえる、危険な美味しさです。

あんまりにも簡単なので、レシピというものもないくらいですが、先のやり方で塩抜きしたケイパーを刻んで、無塩の発酵バター(普通のバターでも構いませんが、発酵バターの方がより磯の香りの尖ったかんじをふんわりやわらげてくれます)と混ぜるだけ、です。コレを作っておくと、これほど使える調味料はない、というほど重宝します。

蒸したジャガイモの、あつあつのところにちょいとのせると…っていうのは多分想像がつきますよね?刻んだケイパーをポテトサラダに混ぜるのも、ろばのウチではポピュラーな使いかたなので、ポテトが熱いうちにこのケイパーバターで下味をつけて冷ますだけ、というシンプルサラダもぜひ試したいところです。玉子にもよく合うので、プレーンオムレツにつけたり、あとはかじきや鶏肉などをソテーした最後に、焼き汁にこのケイパーバターを落としてソースとすると、極上の一品が出来上がりです。このままでも、瓶に移し替えても、冷蔵庫にいれてれおけば何年でも…というくらい日持ちもするのでぜひ常備していろいろ使ってみてくださいね。

フェッランデスのケッパーはこちらです。干しブドウはこちらです。

 

ぜひ生で使ってみて欲しい「地あぶら」です。

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最近出会った食材の中ではもっとも楽しい発見となった、熊本の「地あぶら」。

無農薬の自社畑で栽培される菜種、無農薬国内産なたねを100%使用し、1週間もかけて古式圧搾法の一番搾りだけを使った特別な油です。かけ油として生でも食べられるので、新たな調味料として、我が家、ろばのウチで現在大活躍中です。

実はこの油屋さん、当店で取り扱う熊本県水俣町で有機・自然農法に取り組む桜野園さんとは古くからのお付き合いだそう。桜野園さんのお茶畑の中で、有機肥料を与える場合には、ここの油の搾りかすが安心だから、と分けてもらっていたために昔から行き来していたとのこと。銀座にある熊本館で開催された、桜野園さんのお茶の試飲会の帰りに物産展をあれこれ見ていて、数ある食品の中で一番気になって手に取ったのがこの油でした。物産展って、どこでも盛況で、それはそれは沢山の、いかにも特別そうな特産品が並んでいます。「元祖」「こだわりの」「だれだれさんの~」と、どれもこれも美味しそう。でも、材料を見ただけでがっかりさせられることも多く、まずは裏を見て「余計なものは使っていないか」を見てみます。そんな風にうるさくチェックしたくないけれど、仕方ないですよね。ただしそれがイコール美味しいという保証ではないから、後はひたすら試すしかありません。

けれど、この油はまずその琥珀のような美しく濃い金色に輝く液体の美しさに魅かれ、ちょっと説明を読んだだけでも、間違いない、と確信してしまいました。

それでも。。。

実際口にしてみて、予想をはるかに上回る、はっきりした違いにびっくりしてしまいました。これはもうぜひ扱いたい、と直接電話をしてみたところ桜野園さんとのつながりが分かり、ボンッ!と太鼓判を押されたような満足感です。やはり、自然に繋がっちゃうんだなあ、と、さらに嬉しくなってしまいました。ご縁、のようなものまで感じます。これまで、オリーブオイルや胡麻油では香りや後味、軽さなどを気にしていましたが、なたね油に関しては、ついニュートラルであることが前提、「クセがない」ことが最たる特徴、と割り切ってしまっていました。圧搾法で作られた国産なたね油、を使うのも、味よりは安全性によって選らんでいたような。。

ところがこのなたね油、味があるんです。そのまま舐めると甘く、ナッツのように香ばしい。でもべったりとした重さが無い。味はすごく濃いのに、ふんわりと優しい後味に包まれます。

ためしに、当店でも扱っている梶田さんの濃口醤油とこの油を半々で撹拌してみたところ、まるでニラ醤油か出汁醤油が入っているかのような、複雑な味に。乳化してとろ~っとするまでかき混ぜるのですが、それをなめた瞬間に沢山レシピが浮かんできました。単独でもおかずになってしまいそうなほどの旨味。ご飯がわさわさ進んでしまいそう。。。

この、地あぶら+醤油(出来れば良いお醤油とあわせてくださいね!)お豆腐にかけてもよし、シャキッとした新玉ねぎのスライスにたらすのでもよし、薄いお出汁で仕上げた茶碗蒸しのソースとしてかけてもよし。和のソースとしてお肉やお魚になんでも使えますが、サラダに使っていただいても、質のよさが伝わると思います。酢や砂糖を入れなくても、立派なドレッシングになってしまう。オリーブオイルや胡麻油だと、なぜかそれだけで和食の枠から出てしまいますが、風味たっぷりでも、イタリアンや中華に転ぶことなく、ふんわりと素材を包み込み旨味をとじこめてコクを出してくれるので、応用範囲が広い!お浸しやゆで野菜にかけると違いが明確ですよ。

熱したときの香りに至っては、本当になたね油なんだろうか?というようななんとも芳ばしい、食欲をそそる香りです。油を熱したときのカンカンした(ちょっと急かされるような(笑))切迫した臭いがないんです。もったいなくてまだ揚げ物にはためしたことはありませんが、さもありなん、です。ちょっと、油に対する接し方が変わってくると思います。地あぶらを最後に数滴たらすだけで、ふわっと、でもがらっと変わる。いろいろ使えますが、シンプルに味わって頂きたい一品です。

長々語ってしまいましたが、堀内製油さんの「地あぶら」「ごま油」のページはコチラです。

一般的ななたね油とは製法上どう違うのか、ということも商品ページで説明しております。

 

マンマの優しいお味、イザベッラおばさんの瓶詰。

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北イタリアのピエモンテ州で家族経営の小さなワイナリーを営むイザベッラ。アグリツーリズモの宿泊客への料理は、すべて彼女が用意します。ドイツやスイスからやって来るイタリアフリークの長期滞在客をとりこにする彼女の料理は、気取らず素朴な家庭料理で、近隣の畑の採れたて野菜や庭のハーブをふんだんに使っています。「隣のおばちゃん」と親しみをこめてよばれている気さくなイザベッラですが、なかなかどうして、料理は繊細な気づかいに溢れ、軽やかです。とにかく「胃に負担がかからないように」というのが彼女の信条。というのも、彼女は元薬剤師。ハーブの薬効や組み合わせにも詳しく、その使い方には時々はっとさせられます。そして何より、彼女のもっとも称賛すべきキャリアは4人の男の子のお母さん、という偉大なもの。育ちざかりのやんちゃ坊主たちに、いかに野菜を沢山食べさせるか。20年以上も試行錯誤を重ねた結果のスペシャルレシピ。息子を思う母の愛がみっちり詰まったマンマの優しい味。

 

空気のように自然な文様でありたい

茨城の南仏、高萩市に沼田智也さんを訪ねて
第2話「空気のように自然な文様でありたい」

「絵付けのことばかり聞かれてしまうんですけど、僕にとっては、やっぱりうつわは全体でひとつなんで。」と、誰に話すでもないような感じでつぶやく沼田さん。「もちろん絵は大事なんですけれども…」とモゴモゴ。いや、そうでしょうね。やっぱり、絵柄のことばかり話題にされちゃいますよね。すいません。わたしもつい絵のことばかり聞いてしまって。。。(汗)
「これだけ絵が細かいと、時間がかかるんでしょうね、とかよく言われるんですけど、僕には絵付けの作業は苦にならないと言うかサクサク進められるんで、むしろ絵付けの前の段階、ろくろなんかの作業の方により時間もパワーも割かれます。…単にろくろが下手だってだけなんだろうけど。」

そして、沼田さんのうつわをアンティークの染付けのような雰囲気に見せているのは絵の濃淡やタッチだけでなく、釉薬のかかり具合や地肌の微妙な色合い、風合いだと思うのですが、やはりそこはかなり仕上がりに気を遣って、木灰は自分で調達しているのだそうです。「同じような成分で市販品も出てますけど、どうもしっくりこないので僕は自分で作ってます。」

ただでさえ燃やすと量が減ってしまうのに、さらに灰汁を抜くために上澄みを濾す作業を何か月も繰り返すので、出来上がる釉薬用の灰は本当にわずかな量。
「ほんっとうに貴重なので、大事に大事に使ってます。」
「山に入って、色んな種類の木を集めて燃やすんです。で、ただ燃やしてももったいなんで、野焼きも始めたり…。」
煙草に火をつけながら、ゴツゴツとした手跡を残した素焼きの壺を手渡してくれました。

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ここは、先程見たろくろや削りなど成形の作業をするための部屋のとなり、絵付け作業に使う場所。最近までここですべての作業をこなしていたのですが、隣に移動してからは出来上がった作品を並べたり、簡単に間仕切りしてベッドも置いて、ここで寝起きしているのだそう。美術書なども沢山置いてあります。所帯じみた雰囲気は皆無で、ソファーやローテーブルを置いた一角に通された私たちは「お店みたい!」とわくわく。カウンターで繋がっている隣のキッチンへの引き窓を開くと、もうここは完全にカフェです。先の野焼きの壺や、もっと大きな、お茶室の床の間に飾られていそうなゴツゴツとした花器も置いてあります。棚に並んでいる沢山の絵付け作品に混じって、三島手っぽいものや、薄~いモダンなデザインのものも…。
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「本当にいろんなタイプの作品があるんですね。なんだかとても、一人の作家さんが作ったと思えないような…」
「よく、沼田のひとりギャラリーなんて言われてました」
カウンター越しに、煙草の煙と沼田さんの笑い声。この道に入るまで、そして入ってからの遍歴を少しずつ話してくれました。

今のようなガス窯を使う前は、山を切り開いて自分で作った薪窯を使っていた沼田さん。はじめは今のような日常使えるうつわではなく、茶器や花器などを焼いていました。京都の芸術大学で日本画科を出た後現代美術をもう一年学んで、東京でデザイン関係の仕事をしていた頃に出会った陶芸の世界。その深い世界観に衝撃をうけて弟子入りしたのも、芸術的な焼締め作品で高名な、故・田中いさおさんでした。そちら側から陶芸の道に入っていったので、高萩に戻って作ったのも薪窯。時間も費用も要するやり方で仕上がりも偶然性に左右されるところが多く、とてもそれ一本では食べてはいけません。ひたすら働いてはまとまった休みに山で窯を焚く、そんな生活でした。

「薪代のために働いていたようなもんです。仕事も、なんだってやりました。」

デザインの仕事をはじめ、専門を生かして生涯学習センターの芸術部門で企画や講師、割りのよい式場カメラマン、高萩市の町おこしにもかかわるうちにサッカーチームの立ち上げも手伝い、なぜか一年間選手として在籍したり…(それであのユニフォーム姿!FBで見た写真に納得)。けれども、そこまでして出来る作品は簡単に買い手の見つかるタイプのものではなく、対価も受け取れず誰にも評価されないまま制作を続けることに、30歳を前に若干の焦りも感じ始めました。そんな頃、あちこちのギャラリーを巡るうちに「生活のためのうつわ」という世界もあるのだということに気が付かされ、こっちの方なら行けるかも、と方向転換をはかることに。

震災で山の薪窯も崩壊してしまい、どうしようかと思っていた頃窯業指導所のことを聞き、瀬戸で一年間修行して作家生活の基盤を作ることにしました。ふたたび高萩に戻り、ガス窯でうつわの制作をはじめます。もう、後には戻れません。
「これでダメなら作家生活をあきらめる、と腹を据えて益子の陶器市に出店したんです。それが4年前、ですかね」
「じゃあ、そこであの染付け作品を評価されたってことなんですね?」と尋ねると
「いやいや、はじめは違ったんです。色んな作風のものを作ってたんですよ。もうゴッチャゴチャです。一人ギャラリーですから」

「なんっでもやりましたよ。試せる手法は全部試したって感じ。たたらに、鋳込みに、しのぎもやったし。透けるように薄いのやら、マンガン釉とかマット釉でシュッとした、今流行りのオシャレな感じのとか。すごい憧れてたんですよね~。シュッとしたやつに。カッコいいじゃないですか。そこそこ売れましたしね。でも、なんか、背伸び感がハンパなくて。まあ、いっかな、僕がやんなくてもって思ったんです」

益子で出店した狭いブースに、これでもかと色々な作風のうつわを並べたところ、ギャラリーの人たちから高く評価されたのが、染付の作品だったという。
「自分でも、なんとなくこっちかな、って手ごたえはあったんですけどね~。ただ、最初は違和感がありました。」
今まで二次元で表現していた絵画の世界。それを三次元上で展開するのは勝手も違うし、表現の質が違う。

「やっぱり、全体でひとつの雰囲気を作り出していないと。お皿の上に絵を描く、というのだとダメなんです。絵画じゃないから。」

なるほど。それに、絵だったら、もっと上手に描けるのに…となってしまう、というのもよく理解できます。沼田さんの絵付けはどれも、地肌に溶け込むようにひっそりと馴染んでいて主張しすぎていません。
時々「お!」と絵柄で目を引くものもあるけれど多分それは沼田さんの遊びの部分で、基本的にはアンティークの染付のようなさりげないものばかり。古典柄の写しも多くあります。

実際、コーヒーを淹れて出してくれた細DSC_2390身の茶碗があんまり素敵で「沼田さん、これはいつごろ作ったものですか?」と聞くと「いや、それは僕のじゃないですよ。アンティークです。」と笑われてしまいました。わたしのような素人には見分けがつきません。パパろばの方に出してくれた古いそば猪口は、写しの手本としたと言って自分の作品を隣に並べて見せてくれました。確かに、意匠は同じ。でも、なんだか沼田さんの作品の方が瑞々しいくらい。やっぱりただ絵を真似て描いたというのとは違う気がします。
「今まで、現代の染付のうつわはいかにも柄が目立つ感じがして、アンティーク以外には手が伸びなかったんですけれど、沼田さんの作品は構えずに抵抗なく使えます」と私が言うと、

「模様を、模様と意識しないで使ってもらえるくらい、空気のように自然な一体感をまとわせたいんですけどね」

と、ちょっと照れくさそうに答えてくれました。この人は、本当にいたずらっこの様にくりんとした眼で笑う。フィーリングで描いて一度きりしか描かなかったモチーフもあれば、人気があって何度も何度も描くうちに定番化してきたものもあるそう。自分の中で最高の出来、となった絵柄はトーナメント方式で次にそれをしのぐものが出てくるまで、手元に置いておくとか。
「これなんて売約済みなんだけど、ここに置かせてもらってるんです。」と見せてくれたのは小さな小皿で子猫?子虎?の絵。

すでに定番化した柄の中でも沼田さん独自の柄として人気があるのは、花束シリーズaohana2ではないでしょうか。
「これは写し、というのではないですよね?」
「実はこれ、印判を使っているんです。何年か前に岐阜の古道具屋で、何に使われていたんだかもわからずに買ったハンコを押してみたらなんだか面白くて。確か、50円くらいで売ってくれたんじゃなかったかな。店の片隅に、ガラクタみたいにごちゃっと置かれていた中から見つけたんです。」
印があまりに古くてうまくスタンプできないため、筆を足して色をさしたところ、逆にいい味が出たので色を変えて何種類か作ってみたらしい。昔の西洋趣味を受けた、昭和初期に出回っていた磁器のティーセットのようなレトロ感もあり、異国情緒を感じさせます。狙って出来た柄ではなく、偶然出会ったボロボロのハンコから制作の柱となるような定番柄が生まれたというストーリーに、なんだか心惹かれます。

「色は紅、蒼、紫、の3色展開なんですか?」
「今年の陶器市では、もしかすると新しい色も出すかもしれませんね。ちょっと、試しているので。」
と答える沼田さんの表情は、内緒だよ!とでも言いたそうです。

柄にばかり焦点を当てないで欲しい…とは言われても、やっぱり、どんな新しいモチーフが出てくるのかな?と期待しないではいられません。…ごめんなさい。沼田さん。全体も大事ですけど、やっぱり沼田さんの絵は、楽しみなんです、とっても…。

 

沼田智也さんの静かで温かな世界を。

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 茨城の南仏、高萩市に沼田智也さんを訪ねて
第1話「捕ったで~~~~!!」

こんにちは。ろばの家のママろばです。

先週のお休みに、茨城の南仏、高萩に行ってきました。この「茨城の南仏」というフレーズは今後も幾度となく登場することになりますが、そう呼んでいるのはうちのパパろばだけです。すいません。高速から望む海と山の風景が、南仏を思わせたのだそうで。。。。(笑)内輪ではすっかり高萩の枕詞のようになってしまい、なんと沼田さん自身もときどき使ってくださっているほどですが。

さて、沼田智也さん、です。

 高萩市へは、沼田さんの工房を訪問してきました。とてもとても素敵な訪問となりました。工房で直接お話ししながら選ばせていただいた器たちが入荷したのですが、今日はそのうつわたちについてではなく、沼田さんという人のご紹介になってしまいました。

うつわ自体は、どれもスタンダードな形ばかりで、Theそばちょこ、The小皿、The飯椀、的ニュートラルな、けれども普遍的に使いやすい、時間の洗礼を受けて徐々に枝葉を取り払われ、たどり着いた先であるとでも言いたげなシンプルさなのですが、そこに生彩を放っているのは、明らかに彼の筆であり、彼の筆を通して描かれているのは、彼が世界をどうみているか、に他ならず。。。

彼のうつわを使う人は、きっと彼のその世界観に引き込まれている、もしくは徐々に引き込まれていくような気がしてならないのです。わたしが、彼と話していて感じたその世界を見る目の優しさや親しさを、彼のうつわを使う人にも知っていただきたくて。。。ちょっと思い入れが激しすぎて、ご紹介文が長くなってしまったのですが、どうか最後までお付き合いくださいね!

茨城の南仏、高萩に沼田智也さんを訪ねて。。。

第一話:「捕ったで~~~~!」

「これ、下書きなしで彫るんですか?直接、えいやって?」
思わず声が大きくなってしまいました。

鷹なのか鷲なのか、羽を広げた鳥の大陸的な絵柄や、後光が差しているような光の動きを感じさせる大輪の花。鉢の中から、いくつものお話が飛び出してくるような気がしてしまうのは、メインのモチーフを取り囲むようにして隙間を埋めている、細かい装飾のひとつひとつが生き生きとした筆の勢いを残しているから、なのかな。でもこれ、筆で描かれているのではなく、彫り模様なんです。かき落としという技法で、白い化粧土をかけてから掘りをほどこし、下地の赤土と残った部分の白とのコントラストが模様となって浮かび上がる。とても時間がかかるので、展覧会などで予定がつまっている時にはできない仕事なのだそう。今まで見せてもらっていた染付のうつわに描かれた精緻な模様も、すべてフリーハンドと聞いてはいたのだけれど、この彫り模様まで一発勝負ときいて、誰もがするであろう質問をお約束のように…。

「じゃ、失敗したらどうなるんですか?」

「終了です。」

「ええ~~~??修正液のようにちょいちょいと化粧土で隠して掘り直したりできないんですか?」

「ダメですね。一度乾いてしまうと後から足した部分とは収縮率も変わるので、焼きあがると必ずわかってしまいます」

ううう~~~ん。

「だからもう、こういう仕事にかかる時は、アスリート的な集中力です。究極まで研ぎ澄ませてます」

古い蔵を自分で改装した工房。ろくろや削りに使っているこのスペースは、最近完成したばかり。蔵なのでもともと窓はなかったところを、小さな明かりとりの窓をあけ、昔のくぐもったガラスがはめ込まれています。

「あまり直射日光もよくないのだけれど、ずっとこもって仕事をしているとさすがに刑務所みたいに息苦しくなりそうで。。。」

 hp-numatasan-koubou壁や棚も全て手作り。見事な古い湾曲した梁などはそのまま残し、墨を混ぜた漆喰で塗った黒い壁にライトがひとつ。吊された花器をぼうっと浮かび上がらせて、工房とは言ってもギャラリーのような雰囲気です。ろくろで成形した後は、乾燥との戦い。湿度をどう調整するかで、削りの作業までの時間を短縮したり、逆に引き延ばしたり。棚はぴったりとカーテンで覆えるように設計して、その調整が劇的に楽になった、と教えてくれました。自分で作った工房は、物理的にも、精神的な面からも作業効率を上げているんだろうなあ。

 

「静かですね~。確かにこれは集中できそう」
パパろばが、羨ましそ~うにキョロキョロ工房を見回します。

「僕には、ちょうどいいんです。こういう何にもない田舎で、一人作業に没頭して、気が向けば東京まで出ていくこともできて。益子や笠間のように作家さん同士の交流はないけれど、逆にしがらみもないし。誰かに会いたくなったら、自分が出ていけばいい。」
静かに笑う沼田さん。

高萩市。茨城県北部の、福島よりの海辺の町。初めて訪れましたが、海がとても美しく、わたしもパパろばもテンション上がりまくりです。パパろばなど、高速で高萩に入ってすぐ現れた光景に「南仏みたいだあ」を連発。工房のある場所は高速を降りてすぐの山寄りの場所。町の中心地はもっと海の近くです。海岸まで下るのに車で10分程度。美味しいお魚を食べにお昼に中心地の食堂まで出かけ、その近さにびっくり。海と山との距離が近く、工房まで戻ると潮の香りは消えて、空気もすうっと一段冷たいのです。

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「海、見ていきます?」

多分、高萩を訪れる人みんなに見せているんでしょう?と聞くとにっこりうなずいて、引き潮の砂浜をどんどん歩いていく。「よくこの上から波を眺めてました。」という岩山に登り、ざぶんと岩に砕ける波しぶきや、遠くに見える海岸線、絶壁に点々とはりつく「鵜」などを指さし、あれこれ教えてくれました。

鮎も上がるほどの澄んだ川では、手づかみで魚を捕えていたこと。捕ったその場で焼いて食べる魚の美味しさ。大きな鮭を捕えて自慢げに家に持って帰ったらおこられて、川に戻してあげたこと。毎日毎日、自転車で海や川に通い、魚やウニを捕るのにもぐって遊んでいたこと。

「むっちゃ美味しいんですよ。」

ニコニコと嬉しそうに語るその姿が、真っ黒に日焼けした、沼田少年の姿に重なります。「捕ったで~~~!!」と、大きな鮭を両手に抱え、大慌てで駈けてくる、沼田少年。キラキラしていて、想像するだけで目を細めてしまう。海で、山で、高萩の大自然の中で毎日手に触れ、臭いを吸いこみ、慣れ親しんだ草花や動物たち。沼田さんの原風景的モチーフになっているのかな、なんて勝手に想像が膨らみます。

自然の中の、すべての動植物が、生き生きと魅力的なモチーフになりえるんじゃないか。黙ってスケッチしていただけでは表現しきれない、自然物への慈しみというか愛着というか、沼田さんには、その小さな存在たちのすべてがキラキラ輝いて見えているんじゃないだろうか。あの静かな薄藍の絵付けを眺めていただけでは感じられなかった憧憬が、高萩の海辺で笑う沼田さんを前にして、一気に押し寄せてきました。

小皿の中の蟹が、笑います。群れをなした鳥が、羽ばたいていきます。そうした模様のすべてが、この、沼田少年の手から生み出されたと思うと、やっぱりとても、羨ましい。

「捕ったで~~~~~!!!!」

真っ黒な沼田少年に魅了されて、すっかり文章が長くなってしまい、本題にまでは入れませんでした。まあ、この部分もわたしにとっては本題みたいなものなのですが。。。次回、この続きの

第2話「空気のように自然な文様でありたい」

をお届けします!!お楽しみに~~~~(してくださる方がいるといいな。。。)。

 

 

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