自然にかなう美は創造することができない。

ヨーガンレールのデザインは自然がお手本です。2014年に亡くなったオーストリア人デザイナー、ヨーガン・レール氏の意志を継ぎ、Babaghuriブランドでは極力人為的な意匠を排し、自然に調和するようなデザインの生活道具や衣服を発信し続けてきました。画像の陶器の小物入れ、宇宙船のような愛嬌あるカタチ、やけに見覚えがあるラインだと思いませんか?

実はこの陶器、ダチョウやエミューなど実物の玉子から型を起こして制作されています。「現代の世の中は醜いデザインで溢れ返っている。それは、利便性を追求するあまりに人間が自然とかけ離れた生活を展開するようになったからだ。」として天然素材、手織り手紬の素材を用いて手作業で作られた衣服や、人間の手仕事がいまだにしっかりと根付いている国々から集めた美しい生活道具をセレクトして紹介してきました。

自ら石垣島の広大な土地に畑を耕して暮らし、そこで育てた無農薬の野菜やハーブを使って調理した食事しか食べたくないからと、清澄白河にある自社ビル内に社員食堂をつくった様子は「ヨーガンレールの社員食堂」という本で一躍有名になりましたよね。ロハスブームや自然食への関心が人々の間で高まりだすずっと以前から、自然に暮らすことの大切さを説いてきたレール氏。彼と親しかった塗師の赤木明登さんの著書「美しいこと」の中でもヨーガン・レールさんを取材した章があり「彼ほど自分の嫌いなものを受け入れなかった人を僕は知らない」というようなことを書いていたと記憶しています。「好きなものしか周りに置かない。苦手な人とは一緒にいられない。集まりがあっても居心地が悪いとすぐ姿を消してしまう」といったようなことも。「でもそれは、自然への憧憬へとつながる…」と。その中で読んだレール氏の「特に醜いのは人間が自己表現の為に追求するデザイン。暮らしの中で必要から生み出された道具はまだいい」という内容の言葉が印象的でした。人間ごときがどんなにあがいても、自然が生み出した美にかなうわけがない、という彼のゆるぎないスタンス。綺麗な天然の石を収集し、美しい瑪瑙石があると聞けばどんな世界の果てまででも飛んで行った、というレール氏。Babaghuriとは、インド・グジャラート地方で採取される瑪瑙の呼び名のことだそうです。

今回『おやつの時間』に届いた水牛の角のカトラリーたち。ひとつひとつ丁寧に手で削りだして作られています。言われてみたら…というのでもないですが(笑)、作品としてつくられたカトラリーやデザインプロダクトとは違った、素朴な味わいがあります。ブラックホーンとホワイトホーンの2種類があり、同じひとつのスプーンの中にその2色がまじりあったものもあります。じいっと眺めていると、その美しいグラデーションは、確かに人間が意図して生み出せる種類のものではありません。

同じデザインのものでも、黒の光沢、薄く入った縞模様、琥珀色の透け具合、ふたつと同じもののないまさに天然石のようなカトラリーたち。丈夫でプラスチックより強度があり、水につけても腐食しないので扱いは非常に楽です。何よりその優しい手触り、やわらかな口当たりは天然素材にしか出せない柔らかさです。ろばのウチでもブラックホーンのサーバーを愛用していますが、お皿あたりが優しくお料理を盛りつけやすいので何にでも使ってしまいます。

たったひとつでも、天然の素材で丁寧につくられたものを毎日つかう道具に選んでみる。繰返し使い、その道具が手に馴染んでいくうち、だんだんと大量生産された画一的なデザインのもの、化学的な素材のものが、肌に合わなくなってゆきます。経済的には困ったことになるのかもしれませんが(笑)、それはひとつの、喜ぶべき変革なのではないでしょうか。そしてその体験はすなわち、この世の中に手仕事で暮らしてゆく人たちへの門戸を開く、ということにも最終的にはつながってゆきます。

レール氏が美しい瑪瑙石を見て自然の創造力に感動していたように、天然の素材の美しさを、そして、その素材に毎日触れられる喜びをも、この小さなカトラリーたちの中から見出してもらえたら嬉しいです。

Babaghuriのページはコチラです。

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