空気のように自然な文様でありたい

茨城の南仏、高萩市に沼田智也さんを訪ねて
第2話「空気のように自然な文様でありたい」

「絵付けのことばかり聞かれてしまうんですけど、僕にとっては、やっぱりうつわは全体でひとつなんで。」と、誰に話すでもないような感じでつぶやく沼田さん。「もちろん絵は大事なんですけれども…」とモゴモゴ。いや、そうでしょうね。やっぱり、絵柄のことばかり話題にされちゃいますよね。すいません。わたしもつい絵のことばかり聞いてしまって。。。(汗)
「これだけ絵が細かいと、時間がかかるんでしょうね、とかよく言われるんですけど、僕には絵付けの作業は苦にならないと言うかサクサク進められるんで、むしろ絵付けの前の段階、ろくろなんかの作業の方により時間もパワーも割かれます。…単にろくろが下手だってだけなんだろうけど。」

そして、沼田さんのうつわをアンティークの染付けのような雰囲気に見せているのは絵の濃淡やタッチだけでなく、釉薬のかかり具合や地肌の微妙な色合い、風合いだと思うのですが、やはりそこはかなり仕上がりに気を遣って、木灰は自分で調達しているのだそうです。「同じような成分で市販品も出てますけど、どうもしっくりこないので僕は自分で作ってます。」

ただでさえ燃やすと量が減ってしまうのに、さらに灰汁を抜くために上澄みを濾す作業を何か月も繰り返すので、出来上がる釉薬用の灰は本当にわずかな量。
「ほんっとうに貴重なので、大事に大事に使ってます。」
「山に入って、色んな種類の木を集めて燃やすんです。で、ただ燃やしてももったいなんで、野焼きも始めたり…。」
煙草に火をつけながら、ゴツゴツとした手跡を残した素焼きの壺を手渡してくれました。

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ここは、先程見たろくろや削りなど成形の作業をするための部屋のとなり、絵付け作業に使う場所。最近までここですべての作業をこなしていたのですが、隣に移動してからは出来上がった作品を並べたり、簡単に間仕切りしてベッドも置いて、ここで寝起きしているのだそう。美術書なども沢山置いてあります。所帯じみた雰囲気は皆無で、ソファーやローテーブルを置いた一角に通された私たちは「お店みたい!」とわくわく。カウンターで繋がっている隣のキッチンへの引き窓を開くと、もうここは完全にカフェです。先の野焼きの壺や、もっと大きな、お茶室の床の間に飾られていそうなゴツゴツとした花器も置いてあります。棚に並んでいる沢山の絵付け作品に混じって、三島手っぽいものや、薄~いモダンなデザインのものも…。
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「本当にいろんなタイプの作品があるんですね。なんだかとても、一人の作家さんが作ったと思えないような…」
「よく、沼田のひとりギャラリーなんて言われてました」
カウンター越しに、煙草の煙と沼田さんの笑い声。この道に入るまで、そして入ってからの遍歴を少しずつ話してくれました。

今のようなガス窯を使う前は、山を切り開いて自分で作った薪窯を使っていた沼田さん。はじめは今のような日常使えるうつわではなく、茶器や花器などを焼いていました。京都の芸術大学で日本画科を出た後現代美術をもう一年学んで、東京でデザイン関係の仕事をしていた頃に出会った陶芸の世界。その深い世界観に衝撃をうけて弟子入りしたのも、芸術的な焼締め作品で高名な、故・田中いさおさんでした。そちら側から陶芸の道に入っていったので、高萩に戻って作ったのも薪窯。時間も費用も要するやり方で仕上がりも偶然性に左右されるところが多く、とてもそれ一本では食べてはいけません。ひたすら働いてはまとまった休みに山で窯を焚く、そんな生活でした。

「薪代のために働いていたようなもんです。仕事も、なんだってやりました。」

デザインの仕事をはじめ、専門を生かして生涯学習センターの芸術部門で企画や講師、割りのよい式場カメラマン、高萩市の町おこしにもかかわるうちにサッカーチームの立ち上げも手伝い、なぜか一年間選手として在籍したり…(それであのユニフォーム姿!FBで見た写真に納得)。けれども、そこまでして出来る作品は簡単に買い手の見つかるタイプのものではなく、対価も受け取れず誰にも評価されないまま制作を続けることに、30歳を前に若干の焦りも感じ始めました。そんな頃、あちこちのギャラリーを巡るうちに「生活のためのうつわ」という世界もあるのだということに気が付かされ、こっちの方なら行けるかも、と方向転換をはかることに。

震災で山の薪窯も崩壊してしまい、どうしようかと思っていた頃窯業指導所のことを聞き、瀬戸で一年間修行して作家生活の基盤を作ることにしました。ふたたび高萩に戻り、ガス窯でうつわの制作をはじめます。もう、後には戻れません。
「これでダメなら作家生活をあきらめる、と腹を据えて益子の陶器市に出店したんです。それが4年前、ですかね」
「じゃあ、そこであの染付け作品を評価されたってことなんですね?」と尋ねると
「いやいや、はじめは違ったんです。色んな作風のものを作ってたんですよ。もうゴッチャゴチャです。一人ギャラリーですから」

「なんっでもやりましたよ。試せる手法は全部試したって感じ。たたらに、鋳込みに、しのぎもやったし。透けるように薄いのやら、マンガン釉とかマット釉でシュッとした、今流行りのオシャレな感じのとか。すごい憧れてたんですよね~。シュッとしたやつに。カッコいいじゃないですか。そこそこ売れましたしね。でも、なんか、背伸び感がハンパなくて。まあ、いっかな、僕がやんなくてもって思ったんです」

益子で出店した狭いブースに、これでもかと色々な作風のうつわを並べたところ、ギャラリーの人たちから高く評価されたのが、染付の作品だったという。
「自分でも、なんとなくこっちかな、って手ごたえはあったんですけどね~。ただ、最初は違和感がありました。」
今まで二次元で表現していた絵画の世界。それを三次元上で展開するのは勝手も違うし、表現の質が違う。

「やっぱり、全体でひとつの雰囲気を作り出していないと。お皿の上に絵を描く、というのだとダメなんです。絵画じゃないから。」

なるほど。それに、絵だったら、もっと上手に描けるのに…となってしまう、というのもよく理解できます。沼田さんの絵付けはどれも、地肌に溶け込むようにひっそりと馴染んでいて主張しすぎていません。
時々「お!」と絵柄で目を引くものもあるけれど多分それは沼田さんの遊びの部分で、基本的にはアンティークの染付のようなさりげないものばかり。古典柄の写しも多くあります。

実際、コーヒーを淹れて出してくれた細DSC_2390身の茶碗があんまり素敵で「沼田さん、これはいつごろ作ったものですか?」と聞くと「いや、それは僕のじゃないですよ。アンティークです。」と笑われてしまいました。わたしのような素人には見分けがつきません。パパろばの方に出してくれた古いそば猪口は、写しの手本としたと言って自分の作品を隣に並べて見せてくれました。確かに、意匠は同じ。でも、なんだか沼田さんの作品の方が瑞々しいくらい。やっぱりただ絵を真似て描いたというのとは違う気がします。
「今まで、現代の染付のうつわはいかにも柄が目立つ感じがして、アンティーク以外には手が伸びなかったんですけれど、沼田さんの作品は構えずに抵抗なく使えます」と私が言うと、

「模様を、模様と意識しないで使ってもらえるくらい、空気のように自然な一体感をまとわせたいんですけどね」

と、ちょっと照れくさそうに答えてくれました。この人は、本当にいたずらっこの様にくりんとした眼で笑う。フィーリングで描いて一度きりしか描かなかったモチーフもあれば、人気があって何度も何度も描くうちに定番化してきたものもあるそう。自分の中で最高の出来、となった絵柄はトーナメント方式で次にそれをしのぐものが出てくるまで、手元に置いておくとか。
「これなんて売約済みなんだけど、ここに置かせてもらってるんです。」と見せてくれたのは小さな小皿で子猫?子虎?の絵。

すでに定番化した柄の中でも沼田さん独自の柄として人気があるのは、花束シリーズaohana2ではないでしょうか。
「これは写し、というのではないですよね?」
「実はこれ、印判を使っているんです。何年か前に岐阜の古道具屋で、何に使われていたんだかもわからずに買ったハンコを押してみたらなんだか面白くて。確か、50円くらいで売ってくれたんじゃなかったかな。店の片隅に、ガラクタみたいにごちゃっと置かれていた中から見つけたんです。」
印があまりに古くてうまくスタンプできないため、筆を足して色をさしたところ、逆にいい味が出たので色を変えて何種類か作ってみたらしい。昔の西洋趣味を受けた、昭和初期に出回っていた磁器のティーセットのようなレトロ感もあり、異国情緒を感じさせます。狙って出来た柄ではなく、偶然出会ったボロボロのハンコから制作の柱となるような定番柄が生まれたというストーリーに、なんだか心惹かれます。

「色は紅、蒼、紫、の3色展開なんですか?」
「今年の陶器市では、もしかすると新しい色も出すかもしれませんね。ちょっと、試しているので。」
と答える沼田さんの表情は、内緒だよ!とでも言いたそうです。

柄にばかり焦点を当てないで欲しい…とは言われても、やっぱり、どんな新しいモチーフが出てくるのかな?と期待しないではいられません。…ごめんなさい。沼田さん。全体も大事ですけど、やっぱり沼田さんの絵は、楽しみなんです、とっても…。

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